二人の出会い
「カイ・ハインレイ中尉が例の最近きな臭い隣接空域の哨戒任務を仰せつかったらしいぞ」
「嘘だろ?栄誉ある799艦隊のBA隊のホープだってこの前まで持ちきりだったじゃないか」
「あぁ、それがホキンス中将の御子息のお怒りを買ったそうだ、生粋の本国惑星出身だから処分もできなくて辺境とはいえ大隊長ポジションへの栄転として配置変更されるそうだ」
「BA乗りから部下持ちの艦長への栄転と考えれば悪くないのかね」
「いやそれがそうでもないらしい。」
「作戦計画書を盗み見たんだが部下はFNが1体で機体はBA5C型一機のみらしいんだ。」
「うそだろ?」
「艦の裁量権とか魚雷とか縮退砲弾の承認権限も委任されるようだったからそれなりに大隊長権としての限周りはあるように繕われてるようだったが、それに見合ってないのは装備や部隊規模だよ。
しかもこんな無茶な内容で本部も受理済みときてる。今日にも本人に辞令が出されるそうだぜ」
「希望のホープはFN充てがわれて辺境で飼い殺したぁ、帝国軍にそんな余裕はあるんですかねぇ」
「全くだぜ、正面切って開戦してるうちの海域のBA乗りもあいつに命拾われてるのが何人もいたろうに。」
「あぁ、私情に流される権力者ってのは怖いもんだね・・・・その価値が見えてねぇ」
そんな士官同士の立ち話がされているスモークルームの横をカイ・ハインレイ中尉は歩いている。
自分の隊の大隊長に出頭を命じられていたからだ。
入口のタッチパネルに手をかざす。
「お入りください。大尉がお待ちです」
と女性の声がする。
自動ドアが開くと秘書階級服をまとった女性がディスクに座ってこちらを見ている。
秘書階級は中尉相当で大尉以降には必ずつく。
彼女は光の無い緑の瞳でこちらを見ている。
「カイ・ハインレイ中尉、到着いたしました」
扉の横のパネルから
「はいれ」
と声がする。
「失礼します」
と返事をしたあと部屋に入った。
大尉はこのBA大隊の大隊長で本人が何故か大尉にこだわっている為に階級は大尉だが群での扱いは中佐に相当する扱いを受けている40代の変人である。
「カイ、おまえ貧乏くじを引いたな」
「はい、そのようです。大尉」
「もう聞いているか、機密情報漏えいで首が飛ぶ士官がいそうだな」
「ホキンス中将の御子息が声を大きくしておりましたので、4日ほど前から私の耳にも入っておりました」
「なるほどな」
「荷物はすでにまとめてあります。」
「分かった。非常に惜しいが私の上告も跳ね除けられてしまってな。守ってやれずに申し訳ない」
「お気に病まないでください。私は大丈夫ですので」
「分かった。では検討を祈る。」
「はい、大尉お世話になりました」
「そうだ、私の方でいくつか通せた物資があった。楽しみにするように」
大尉は不敵に笑みを作る。
「ハッ!」
カイは敬礼をし、踵を返して退席する。
その後秘書FNと形式的な書面の記載などを行い大尉の執務室をあとにした。
翌日整備兵の面々に謝辞を伝えてから人員輸送艇に乗艇し拠点となっている大型母艦をあとにした。
そこから軍用輸送艦に乗艦し約1ヶ月をかけて短距離ワープを繰り返しながら赴任先への移動を続け、赴任海域の所属プラントに入港した。
移動の間には昇進に伴う試験と研修プログラムのフルコースであった。がどうも状況を見るに多くは使われることない知識だあろう。
辞令にはここで機体と装備と唯一の部下であるFNを受領し転換訓練後、海域での哨戒任務に当たるべしとある。
プラントの港を歩いていると無重力区域を抜けた先でグレーのパイロットスーツを身にまとった一団が目に止まった。
広い訓練スペースに見事な整列を見せる彼ら、彼女らたちはFNとMNだ。戦場でのトリアージの明確性からパイロットスーツ・戦闘服はグレーで統一されている。
この世界には惑星出身者とコロニー出身者が存在するが、コロニー出身者というのは改変されたクローン体を指し、明確な差別階級であることを示している。
FN,MN,のNはNotHumanを指している。彼らは厳密には人の枠組みの外に居る声明として定義されている。
もともとは人口低下が発生した際に生み出された労働力の創出のための技術だったが、いつしか軍事の分野や非人道的労働の労働力として合法的に生産されるようになった。
彼らの能力は遺伝子レベルで制御されており、その思考にもリミットは掛かっているが、操縦技術や空間把握能力などは優れており免疫力も高く容姿も優れている。
しかしながら彼ら、彼女らには人権はなく、人形の有機アンドロイドとして運用されているのである。
そのため軍隊でも惑星出身者用の階級を持つものは居らず、特別秘書階級で中尉相当の階級を文書上では持つことができるのみである。
ある種この帝国の闇とも言える部分であるが、その技術に多くの人が救われてきたのも事実であった。
倫理的にどうなのかという論争は度々起こるのだが、あくまで人の形をした装置であるという位置づけで言論統制が行われていることを認知できている人間は少ない。
彼らの瞳が光のない緑色のように見えるのは遺伝子提供元である一人の女性の瞳の色に由来し、思考制御ナノマシンの影響でその色が失われたと言われている。
視線を少し先に向けると、
FNとMNはBA7のコックピット搭乗口付近に似せたシミュレータ搭乗口から手際よく乗り込み、1列ごとに模擬戦を行い、それぞれの戦果や戦術について教官からコーチを受けている。
ナノマシンによる思考制御分野については成功を収めている脳科学分野だが、ナノマシンによる圧縮教育については記憶の改竄を伴うため不整合や機能破壊が起こりやすく未だ実現に至っていない。彼らは人工子宮から生まれ、自分がFNあるいはMNであることを自覚して育つ。そして教育を受け、訓練を受けて実践に投入される。
彼らは役割を終えて死亡、ないし処分される。
彼らは誠実で、献身的で、そして儚い運命を背負った人なのである。
惑星出身者と夫婦関係になってしまった場合には出産も可能でありその場合は多くの場合で処分されるが、出産を行った場合、母子、父子ともに戸籍が用意される場合がある。
彼らが彼らの運命から唯一逃れる点はこの一点に限られる。
ただし彼らには彼らが自らこれを望むことができないように制御されているし、
大概の場合は母子、父子ともに処分されることが多いことからも彼らを人と見ていない帝国の闇が見える。
そんな彼らの訓練風景を身勝手ながら見つめていると一団の後ろで待ての姿勢で真剣に訓練風景を見学しているFNがふと目に止まった。
茶色の長い髪を低めの位置でツインテールにまとめ、
純白のラバーチックな素材に各種センサ、生命維持装置を搭載した尉官相当向けのパイロットスーツを着用している。
体格は平均的なFNより少し肉付がいいように見える。
一応そのあたりの代謝も制御の範囲内のはずだが、
FNであのスーツを纏っているということは誰か惑星出身者のバディなのだろう。
これは区別上、秘書階級を得たFN向けの処置をされている証で思考制御機能の一部がオミットされていることを示してもいる。
グレーのパイロットスーツの中で唯一の白色は特別感を際立たせている。
時計を確認すると受領時間まではまだ1時間以上もある。
シミュレータで1戦を終えたパイロットたちがシミュレータから降りて、デブリーフィングを行い、また次の一団がシミュレータに入って行く。
20分ほどその戦いぶりを見ていただろうか。
綺麗に整列しているものの、それぞれ個々人では横のFN同士で私語をしていたり、食い入るようにモニターに映る映像を観察しているものなど、個性が感じられる。
シミュレータ中のビギナーたちは教本で見た戦術の実現をさせるために四苦八苦しているように思う。
第7世代型は現在の主力BAで従来よりAIアシストが強く働く傾向にあり訓練時間の短縮に貢献している。
射撃精度や回避性能も向上し、人形兵器としての完成に大きく近づいた世代と言われている。
ただそれを実際に手足のように動かし戦術を熟し、戦略レベルまでの目的達成を成し遂げるようにまで訓練するのは難しい。
純白のパイロットスーツを着たFNが動いた列に視線を動かした瞬間、彼女と目があった気がした。
彼女がビクッとしたのが分かった。
主の帰還を待ちわびた大型犬が主の姿を見つけたときのような感じである。
気をつけの姿勢を取り、指導員に挙手をして何かを告げている。
指導員がこちらを見てから何かを告げると彼女は敬礼をし、こちらへ駆け足・・・というより全力ダッシュでやってくる。
その様子をちらほらFN,MNたちが振り向きながら見ている。
彼らが自らの興味から視線を逸らすというのは結構稀だったりすのでそれなりにこちらに関心が強くあるのだろう。
数十秒掛かってこちらに走ってきた彼女はカイの前方3メートルほどのところで立ち止まってしばし息を整えてから敬礼をする。
「カイ・ハインレイ中佐、私はFN_70です。
本日より中佐の部隊に所属いたします。
よろしくおねがいします。」
「よろしくFN_70、カイ・ハインレイだ。
まだ昇進の辞令は降りていないから中尉でいい」
「失礼しましたマイマスター」
「FN_70握手をしよう」
カイは右手を前に出したがFN_70はその場から近づこうとしない
「あっ」
カイが1歩2歩と近づくとFN_70は少し後ずさった。
「あ、いえ今思ったより汗をかいておりまして・・・」
「アレだけ全力疾走すれば多少はかくだろう、気にしなくてもいい」
「いえ、結構かいております」
「もしや臭うのか?」
「刺激臭はしないはずですがおそらく。」
肯定するFN_70。
「それでも握手には問題ないだろう」
「いえでも」
違和感を覚えた。FNはこんなに口答えしないのである。
まるでほぼ制御を受けていないような。
言い方は悪いがまともな人間の感性を持ち合わせているような言動をしている。
カイはそれが面白いと思った。
「そこにとどまるように。これは上官としての命令だ」
「はいっ」
返事を聞かずやカイはずんずんとFN_70に接近する。
大体こういう場合暴力を振るう惑星出身者は多い。
人間とは自分より下と見ている人間に対しては横柄にするものである。
ましてや鬱屈した環境で容姿だけは整っている人形に加虐心やヒガミや鬱憤を暴力で表す人間も少数でない数いるのである。
FN_70は気をつけの姿勢で足を踏ん張り、手をぎゅっと握りしめて痛みを我慢するため硬直した。
カイは数歩で2〜3メートルの距離を詰めてFN_70の手を取ってその固く結ばれた指先をほどいた。
その事態にふっとFN_70のこわばりが溶け、びっくりしたように目を見開く。
「ほら、握手だ。よろしくナオ」
「ナオ・・ですか・・・?」
「あぁ、FN_70では味気ないからな。
二人のときはナオと呼ぶ。これは覚えるように」
「ナオ・・・・」
「あぁ。気に入らなかったか?」
「いえ、よろしくおねがいします」
カイはそれを聞いて握手した手を放し、一歩引いて敬礼する。
反射的に敬礼の姿勢をとるFN_70。
「FN_70、身支度を整え手荷物とともに受領予定のBA5Cの下へ50分後に集合すること集合次第転換訓練と連携確認を実施する」
「はい!10:30にBA5C-3624-s格納デッキへ出頭いたします。」
「よろしい。解散」
ナオとカイはアイコンタクトする。
「FN_70、これより行動に移します」
といってナオは指導官の下へ報告に行き姿を消した。
カイは辞令を基地司令から受領し、哨戒艦艦長の肩書の下、BA格納庫へ向かうのだった。
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ナオは支度を済ませて10:15に手荷物を携えてBA5C-3624-s前に集合していた。
手荷物に指定されていたのは私物全て、現在住んでいる寮室を引き払うようにとのことだった。
彼女の私物は以下。
・ドックタグ
・休憩時間中に着衣する支給された部屋着2セット。
・同じく支給された下着数セット。
・式典用のコスメの入ったバック。
以上。
支給されていた端末類は回収されたため、私物は支給された小型のアタッシュケースに余裕で入ってしまった。
生活用品は支給されるものが多い為、私物と言えるようなものはほとんどない。
パイロットスーツを着てBA5C-3624-sの前で待ての姿勢で待機していると、
物資搬入用のカートがBA5C-3624-sの前に到着し、兵長とMNが降車する。
2人はナオに向かって敬礼し発言する。
「FN_70尉官、兵站課より作戦にあたり支給物資および追加依頼されておりました物資の搬入にまいりました。
作業許可を求めます。」
兵長は階級があるので惑星出身者だが、惑星出身者の一兵卒も存在しそこは出自や学歴、軍隊への登用ルートなどにもよって低い階級からのスタートはあり得る。
ナオは本来はFNであるために兵長よりも低い立場にあるが、カイの秘書階級として中尉官相当の階級をいただいているため、作業許可を出す立場にあった。
「ハインレイ中佐の名代として、作業を許可します。
よろしくお願いします。」
「たしかに許可いただきました」
2人は敬礼を問いて荷台から積み荷を降ろしていく。
渡されたリストにはパイロットスーツの替えや宇宙滞在用の衣服、身の回り品などはすべて1か月分を優に超える量に見える。
10分ほどで積み荷をベース内に下し終えた2人はナオのサインと認識IDタグをスキャンして帰っていった。
リストを見ながらケースIDと照合していると後ろから声がした。
「FN_70、秘書尉官としての初任務ご苦労。」
カイ中佐が敬礼をして立っている。
「ハインレイ中佐、お姿に気づかず失礼いたしました」
ナオは振り向いて敬礼を返す。
「いや、いい。
チェックが終わったら積み込みに入る。
整備班への連絡は済ませてある。
確認したものから向こうの緑の帽子を被った連中に声をかけてバックパックハッチから積み込みを指示してくれ。
積み込みと内部整理に2時間を見込んでいる
昼休憩の後に訓練向けブリーフィングをする」
「ハイ、承知しました!」
2人の目線があった瞬間にカイは一瞬だけニコっとナオに微笑みかけて、ひと足先にバックパックハッチから中に入っていった。
ナオはカイの笑顔に若干焼かれつつ確認作業を終えて作業員に積み込み指示を出した。