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─8─

 朝、というには少し遅い時間。ようやく布団から体を起こし、縁側に出ると庭には数匹の猫が集まってきていた。三毛、虎、黒、サビ、それぞれ皆野良なのか、首輪はしていなかった。

「こいつらも遊びに来るからお水あげたり、たまーにおやつあげたりしてんの。俺はこいつらが来るから犬派だって言い切れないんだよ……犬も猫もかわいいわ……」

 欠伸混じりに崎が言う。猫たちは陽のよく当たる芝生の上でめいめい好きにくつろいでいた。近くまで来た黒猫を撫でてやりながら、崎は口を開く。

「もしうちで一緒に仕事してくれるならーの話なんだけどさ」

 内海もそばに来ていたサビ猫を撫でてやりながら黙って話に耳を傾ける。

「収入の一部としてね。俺株とかFXとかやってんのね。あと宝くじとかもたまに」

 うわ。そう思った。ついでにそう思ったのが顔に出たらしく崎が苦笑いをした。

「大勝負に出たりはしないよ。元手っつーのが大元はじいちゃんのその今までの一発当てた遺産なわけで、損してもまあこれなら取り戻せるかなって額しか賭けない」

「賭けって言っちゃってんじゃん……」

「あはは。まあ細々とやってるわけ。大家の家賃収入でもまあなんとか暮らせるんだけどさ、ここ田舎だし家賃も安めの設定だし、アパートの住人減ったりしたら収入は減るし、だったらその他でも小遣い稼ぎできるならいいかなーって」

「いやまっとうに労働しろよ」

 思わず低めのトーンで突っ込みを入れてしまう。崎はそれにも苦笑いをして、目を合わせずに猫を撫で続けた。

「それもそうなんだけど、家にいたら町のみんなが手伝ってーって声かけに来るのよ。だったら大体は手が空いててすぐ動ける方がいいでしょ」

「……その町の人の手伝いって、報酬とかは」

「金銭のやり取りは基本ない。まあ飲み物代昼飯代くらいはくれたりするかな。基本農家の手伝いしたら収穫時に取れたもの分けてくれるとか、農家じゃなくてもまあ米とか山菜とか野菜とか果物とか分けてくれるよ。手作りのおかず分けてくれることもある。おかげでそこまで食べるものに困ってはないな」

「逆にそれ、俺がここに住んだら家賃収入とその分けてもらえる食べものだけじゃまかなえなくなるんじゃないの」

「だから株とかもミミちゃんに勉強してもらうよ」

「マジかよ……」

「最初からでかく出る必要ないし、これも仕事で俺が雇用主ってことで元手は俺が出す。ちまちまでいいよ。でなきゃ俺の宝くじの統計出すの手伝って」

「統計?」

「六つの数字を選んで当てるだけ~のやつあるじゃん。それなんだけど、どの数字が多く出るのかとか統計出してやったらがむしゃらに好きな数字入れるよりは当たる確率上がると思わん? だから統計出すわけよ」

「その労力を他に使えよ……」

「まあまあ。そんな感じのスローライフ、いかがっすか?」

 昨日までの段階では、ここに来るのも悪くないかと思っていた。しかし急に株だのなんだのと言われて、現実離れした暮らしを提案されても反応に困ってしまう。それに。それにだ。

「……俺まだ今の職場辞めて来てないし……」

「あっじゃあ崎退職代行サービスやるぜ俺」

「えっなにそれ」

「書状でこの日づけで辞めますって送るのでも一応法律上はいいらしいんだよね。でなきゃしばらく有給取ったり休職したいですの内容なら俺がミミちゃんの会社とやりとりするし。どうです?」

 内海は口元に手を当てて考え込んでしまった。たしかに、この町には死にに来た。もう仕事もなにもかもどうでもいいと思ったのだ。退職しますの一言もなくトンでしまえばいいと思ってここまで来た。それが、死ねなかった今は辞めてしまうのが怖くなっていた。

「ここに来たら三食昼寝付きよ。死のうって思うほどのやなことからなら逃げちゃいな。死ぬなんて苦しいだけよ」

「……数分苦しいのを我慢したら後は苦しまなくていいから死にに来たんだよ……」

「あらら。でもまあ、どうよ? こうやって田舎で犬猫と共にのんびり。数分の我慢もいらないよ」

 人生リセットリセット~。崎は気の抜けた声でそう言うと黒猫の喉を指先でくすぐった。

 今日は日曜日。明日になればまたここではなく自分のアパートで、自分の職場に向かわなくてはならない。どうしよう。どうしたらいい。特別大きな嫌なことがあるわけではないのだ。でも確かに、嫌なことがなくても嫌になって死にに来たわけで。

 内海は縁側にしゃがみこんだ自分の両脚の間に頭を突っ込むようにして、唸り声を上げた。

「まあまあとりあえずそんなに悩みなさんな。俺はシャワー浴びたら昨日のパソコン片付けに行ってくるよ。おにぎり持って一緒に行く? ミミちゃんは何もしなくても、山の景色見ておにぎり食べてるだけでも気分紛れるかもよ」

「…………行く」

 山で食べるものの謎のおいしさは昨日すでに学習している。今度は昼間の明るい空気の中でおにぎりをとなるとそれがやけに魅力的に感じて、内海は低く潰れた声のまま返事をした。


「いっちゃーん、いるー?」

 不意に、庭を囲むように植えられている庭木のその先、石塀のそのまた後ろから声が聞こえた。塀が高いため人影は見えない。

「いるよー。キヨさん? どしたー?」

 崎は驚いた様子もなくその呼びかけに答える。内海は何事かと少し体を強張らせてしまった。

「明日って暇かい? 時間があれば枝拾い手伝ってくれないかい?」

「いいよー! 何時がいい? いつでも出られるよ」

「じゃあうちの裏の畑に八時にお願いしてもいいかい?」

「おっけー、八時ね。行く行く」

「ありがとなあ、助かるよお」

「ぜーんぜん。いいのいいの。じゃあ明日ねー」

「あいよー」

 会話はとんとん拍子で進んでいく。ざり、と足音がして、石塀の影から人の気配が消えた。

「……ってこんな感じで町のみんなが声かけにくるわけ。予定が空いてたら大体は手伝いに行く」

「こんなに急なんだ……」

「まあ慣れるよ。難しいこと任されることもないし、おやつタイムもあるし。いろんなことさせてもらえるから俺は楽しくて好き」

 猫の尻をとんとんと叩いてやりながら、崎が立ち上がった。

「さー朝ごはん食うかー」

「山でおにぎり食うんじゃないの」

「おっ、おにぎり楽しみ? でもまあ遅くなっちゃうから今軽く済ませて、あとからでっかいおにぎり食わしてやるよ」

「中身なに?」

「んーなんだったら嬉しい?」

「いくら」

「いやーそんな贅沢は昨日で終わりだわ……」

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