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─6─

 ぴかぴかのいくら、つやつやのイカ、ふっくらのうに、ずっしりのマグロ。ぷりぷりのえび、むちむちのホタテ、ふくふくの蟹、それに脂のよく乗ったサーモンに鯛。どんぶりから溢れんばかりの海鮮たちが目の前に現れ、内海は生唾を飲み込んだ。絶対うまいよこれ、絶対高いよこれ。

「やー今日もうまそう」

「思ってたものの三倍盛りがいいんだけどこれ……」

「たまの贅沢よ。さーいただきます」

「いただきます……」

 腕を上げて顔の前で両手を合わせて食事の前のご挨拶をした崎に続き、内海も胸の前で小さく手を合わせる。崎は小皿で醤油にわさびを溶かしこみ、それをどんぶりの上から全体に回しかけた。その真似をしてわさび醤油をかけてから、内海はどんぶりにそっと左手を添えた。伝統工芸品のたぐいだろうか、特徴的な塗りの箸を右手に持ち、おそるおそるまぐろをすくい取った。分厚く色のいいそれを口に運ぶと、くさみはまったくなく魚の旨みが口いっぱいに広がった。うまい。じんわりと頭のてっぺんから足の先、体の隅々まで感動が広がっていくようだった。

 次はイカ、次はホタテ、鯛はあとの楽しみにとっておいて、次はサーモン、と順番に口に運んでいく。どれもこれも新鮮で、弾力があり歯ごたえがいい。これではあまりのおいしさにすぐにすべて食べ尽くしてしまいそうだった。ゆっくり、もっとゆっくり味わわねば。意識的に咀嚼のスピードをゆるめ、じっくりと噛んでそれぞれの具材の味を深く堪能する。


「それでですねミミちゃん。ミミちゃんもう全部終わりにしたくてここに来たんでしょ。いっこ提案なんですがね。ミミちゃんのこの先の命を俺がもらっちゃうのはどうでしょ」

 げほ、げっほ。急な先の発言に思わずむせる。米が食道ではなく変なところに入った気がする。

「……げほ、待って何どういうこと」

 ひしゃげた変な声のままなんとか言葉をつむぐと、崎は口の中にホタテを入れてもぐもぐとしてから再び口を開いた。

「どうせ命捨てに来たんだったらさ、捨てる神あれば拾う神ありって言うし。今までの人生ここでケリつけちゃってさ、ニューライフのグランドオープンとしまして。この町で俺の仕事手伝ってくれませんかーって」

「しごと……?」

 突然の話に頭がついていかない。ぱちぱちとまばたきをすることしかできず、無視して箸を進めることもできずぽかんと口を開けて先の言葉を聞くしかなかった。

「住むとこもあげる。住み込みで、家賃ガス水道光熱費全部タダ。風呂もトイレも別であるし家電も使い放題よ。つってもまあ俺んち、っていうかじいちゃんちで一緒に暮らすってことなんだけど。空いてる部屋使い放題。あ、仕事で違法なことはいっこもないよーご心配なく!」

「な、なんの仕事すんの……」

「まあほとんどは町のお年寄りのお困りごとのお手伝いとか、農作業の手伝いとかかな。前までじいちゃんと一緒にやってたんだけど、もういないから俺がやってる。でもやっぱひとりじゃ手が足りなくてさー。若い男ひとり分の馬力が増えたら、俺もみんなも大助かりよ」

「……ええと……」

「あーあと大家もやる。他にも細かいことちょいちょいかな」

「大家……」

「じいちゃんがねー昔錦鯉の交配で一発当てて、盆栽でも一発当てて、そんでアパート建てたの。それの大家さんもやってんのよ」

「じいちゃんすごいじゃん……」

「まあ鯉も盆栽も家の庭でやってたら盗まれちゃってやめたんだけどね」

「へえ……」

 話を聞いても、なんだか現実感がなくて。大家と町の人の手伝い、それが仕事になるのだろうか。もしここに来てしまえば今までの仕事はどうなるのか。本当にここに来てしまうとして、こんな退職理由、誰にどう説明すればいいのだ。自殺しに行ったら見知らぬ男、しかも軽犯罪者に拾われましたって? 考えれば考えるほど、ぐるぐると頭の中はこんがらがっていくばかりだ。

「まあねー今すぐ答えは出さなくたっていいよ。ちょっと考えてみて。でも今日はミミちゃん泊まるとこないでしょ? だからひとまずうちにおいで」

「……ありがとう」

「いいえー。もうさーミミちゃんカードも燃やしたし芋も食ったしこれも一緒に食ったし、もう友達と仲間通り越して、ほぼ共犯者みたいなもんかも、あはは。あっさっきのパソコン、明日ちょっとアレしに行くんだけどついでにミミちゃんも割る? 嫌いな上司の頭か尻と思ってワーッと斧をさ」

「……別に嫌いな上司いないし」

「あっそう? じゃあ日ごろのストレスをバーンとぶつけちゃって」

「やらないよ……」

「あらそう~」

 崎はけらけらと笑って再び海鮮丼を食べようとした。か、と思いきや箸でホタテと鯛の切り身を掴み、内海のどんぶりに載せた。

「なに……」

「賄賂」

「いやマジで何……」

 へへへと笑う崎はニヤついたまま今度こそ食事を再開した。


 互いに食べ進めながらも、崎のおしゃべりはところどころに挟み込まれた。適当で、嘘っぽくて、軽くて。それが何故だか心地よくも思えた。言葉の裏を探ったりなどせず、深く考えずに聞いていられるからかもしれない。思ったことが口からそのまままろび出るかのような男だ。この男が人を騙したりなどできるとも思わなかった。まあコピー品を売り捌きはしていたが、騙そうとはしていないようだったわけだし。そんな男の誘いなら、乗ってみてもいいかと思えた。そう思って崎を見ると、視線に気づいた彼がぽいと、また内海のどんぶりにイカを乗せた。

「ねえそんなにいっぱい俺にくれたら出帆が食う分なくなるよ」

「賄賂は多めにね……」

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