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─4─

 がん、ばきん、がこん、ごとん。

「俺はねーもう悪いことやめるって決めたの」

「……言ってることとやってることが矛盾してるんじゃないの」

「まあこれが第一歩の前の下準備ってやつだから」

 内海は燃え残った紙を木の枝で火の中に戻しながら、黒づくめの男に返事をする。男はというと、手にした斧をパソコンのモニターに向かって幾度となく振り下ろしていた。モニターはかなり壊れてしまっているが、男は念入りにばきばきと叩き割っていく。

「ねえここまで割ったら大丈夫だと思う?」

「何が大丈夫なわけ」

「中のデータとか。基盤? どのパーツかわかんない、とにかく中身壊れて復元できなくなってればいいんだけど。しくじったなーモニター一体型じゃないの使えばよかった……もったいねー……」

「……山じゃなくて海に捨てた方が全部錆びちゃって誤魔化せたんじゃないの」

「いやーここ海なし県だし。ていうか海に捨ててバレないようにってハードル高くない? 浅瀬にしか投げられないし、目撃されそうだし。山ならひとりで埋めちゃえばわかんないでしょ」

「今俺に目撃されてるけどね……」

 いっそこれも燃やすかなんて呟きながら、男は相変わらずのんびりと話している。悪事の証拠隠滅の現場を見られて、こんなに普通に会話をして。もしかしたらカタギの人間ではなくて、もう少ししたら今度はその斧でこちらの頭を割ろうとしたりしないだろうか。内海はなんとも警戒を解ききれないまま、それでも言われた通りに紙類を燃やし続けた。

 男は気が済んだのか、めちゃくちゃになったパソコンのそばに斧を置いてから、内海の座る丸太の方にやってきた。まだもう少しだけ燃やすべきものは残っている。男は手近にあったダンボールをおもむろに引き裂き、掴める程度の大きさにしたものから火の中に投げ入れていった。

「俺ね、人生リセットしにここに来たの」

 のんびりした口調で話しながら、男は内海の隣に腰を下ろす。こちらはまだ警戒しているというのに、彼にはまったくその様子が見られない。

「じいちゃんがね、ちょっと前に死んじゃってね」

 口調は変わらないまま、男は話を続ける。突然の内容に内海は少し動揺したが、黙って男の声を聞いた。

「遺言がさ、葬式も通夜もするなって。目立ちたくないとか金がかかるとか面倒くさいとか言ってた。それと、悪いことはするな、みんなを助けてやれよって俺に言ったんだよね」

 男は変わらず、ダンボールを裂いては火に入れる。内海はそれを木の棒で動かして、ちゃんと燃えるように調整してやった。

「本人の希望とはいえ葬式と通夜やらなかったの、なんか申し訳なくてさ。だから、他の遺言もしっかり言うこと聞こうと思って、俺もう悪いことやめたんだ。それでこうして全部燃やしてる」

「……悪いことって、何やってたの」

「ブランド品とかのコピー商品のネット通販」

「……あー」

「楽しかったんだけどなーお店屋さんごっこみたいでさ。今焼いてるのがショップカードとか、梱包材ね」

 たしかに、先ほどから内海が燃やしているダンボールや透明のフィルムはまるで雑貨屋の専用品のもののように見えた。女性受けのよさそうな絵柄が印刷されている。そしてカラフルなカードが彼の言うショップカードか。

「俺最初に売り物見てさ、パチモンだってわかってたけどかわいいなって思って。だったらお客さんにもかわいいって思ってもらいたいし、届いたときに箱からすでにかわいかったら嬉しいじゃん。それで箱も袋もショップカードもさーネットのショップページもさーすんごいかわいくしたんだよ。頑張って作ったんだよね、センス抜群のギャルの友達にも監督してもらってさー」

 そう思って行動する熱意は素晴らしいものだと思うが、それがコピー品となると話は別だろう。内海は何とも言えない気持ちで、燃えゆくかわいらしい絵柄のダンボールを見つめた。

「一応はブランド”風”で売ってるし、シリアルナンバーとかもないよって通販ページに書いてるし、まあ何より値段が本物よりずっとずっと安いからね。お客さんもわかってて買ってると思うけど。でもまあよくないことはよくないから。これで終わり」

「……パソコンはなんで壊したの」

「販売データとか店のサイト作りとか全部あれでやったからね。証拠品にならないように、バリーンとね。売り物は元締めに全部返しちゃったし、これでリセットよリセット」

 はは、と軽い調子で男が笑う。果たして本当にリセットできたのかは怪しいが、あまりに男があっけらかんと言うので。なんだかこちらまで毒気を抜かれるようだった。

「お兄さんも人生リセットしに来たんでしょ」

 急に話を振られ、思わず手が強張る。男は気にした様子もなく内海のその手から木の枝を取ると、火の中をがさがさと掻くように漁りだした。そして、煤にまみれた銀色の何かを火の外に押し出すと、枝を地面に置いてから、その銀色のものを軍手をはめた手で掴んだ。

「全部やになっちゃった?」

 銀色をしたものはアルミホイルだった。あっつ、と呟きながら、彼はアルミホイルを外側から剥がしていく。中から出て来たものは、丸々とした赤い大きなさつまいもだった。

「おつかれさまだね」

 男はホイルを上下半分ずつに巻くようにすると、真ん中からさつまいもを折った。ぶわっと湯気が上がり、濃い黄色の身が現れる。よく火が通り、ほくほくとしていておいしそうだった。

 男は片方の軍手ごと、それを内海に手渡した。

「焼き芋食べてお空見て、ちょっとやなこと忘れちゃお」

 ほら、と男は火の向こう側、木々もなく見通しのいい方角を指差した。そこには赤々と燃える大きな太陽があった。遠くの山の影に沈もうとしているそれは、空を見事に染め上げていた。赤、オレンジ、ピンク、紫、たくさんの色が混ざり合ってグラデーションを生んでいる。ぽっかり浮かんで流れる雲は影を作り、それがまた新たな色合いを作り出していた。

 火ばかり見ていたので、いつ辺りが夕焼けに包まれていたのかまったく気付かなかった。鮮烈な赤はすべてを呑み込んで焼いてしまうかのようだった。

 こうして夕焼けを眺めたのなど、一体いつぶりだろう。ゆっくり空を見ることなど、しばらくなかった。強い光で山々は稜線を残して黒く影となり、まるで映画で観る景色のようだった。

 手が熱い。直火で焼かれたホイルを直接は掴まないように軍手に包んで渡された焼き芋に、少しだけかじりついてみる。熱くて、甘くて、とろけるようで。頬の内側がじんわりと痺れるようにして、その芋の旨みが口の中に広がっていった。思えば、今日朝起きてから電車とバスを乗り継いでここまでの中で初めて口にする食べものだった。おいしい。焼き芋だって、一体いつから食べていないかわからない。味付けも何もしていないシンプルなさつまいもの味だけなのに、どうしてこうもうまいのか。

 ここまで来て、死にもせず、夕焼けを見て焼き芋を食べて。あまりにも滑稽だ、とつい自分で笑えてしまった。

「俺、なにやってんだかなあ」

 誰に言うともなく、口からこぼれた声は微かに震えていた。目が熱い。喉の奥も熱い。頬を伝って流れていく涙も熱くて、目の前の炎も夕陽の日差しも手の中の芋もなにもかもが熱かった。

 ぼたぼたと、涙があふれてとまらない。拭こうにも手には芋があって、そしてほとんど手ぶらで来たせいでティッシュもハンカチもない。ず、と鼻をすすると、隣からすっとポケットティッシュが差し出された。

「ここで一回死んだことにしちゃいな。やなこと全部やめてリセットしちゃって、また新しく始めたらいいじゃん」

 ポケットティッシュを受け取る。涙も鼻水も拭き取ろうにも、あとからあとから溢れて止まらなくなってしまっていた。

 隣の男は、内海の背中をぽんぽんと軽く叩いてから、半分に折ったうちの自分の焼き芋にかじりついた。

 斧が内海の頭に振り下ろされることは、終ぞなかった。

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