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─3─

 さく、じゃり、と自分の足音が鳴る。山道は始めのうちはアスファルトで舗装されていたが、少し歩くと舗装が途切れ、土がむき出しになっていた。細かい砂利や枯れ葉、折れた枝などいろいろなものが落ちている。道は徐々に傾斜が出て、ただ坂道を登るだけだが体力を少しずつ削っていった。

 空を遮るように伸びた枝葉の影は暗い。そして鳥の声や草木のさざめく音、風の音が混ざり合い、ざわざわと辺りは騒がしい。望んでいたような春の草花らしき華やかなものは見当たらなかった。最期くらい穏やかな気持ちで人生を締めくくりたかったが、この山はどうにも落ち着かない。よそものを警戒し、山が自分に威嚇しているかのようにも思えた。

 歩を進めるにつれ道はうねり、植物が増えていく。春になったばかりなのだからもしかしたら雪があるかと思ったが、今のところ残雪は見当たらない。そして植物は豊かに葉を茂らせて、道にはみ出ているところも見受けられる。この辺りは雪が降らないのだろうか。冬を越して褪せた色のものも、常緑なのか濃い緑をたたえたものもそれぞれあった。そうして、進むたびにどんどんと山深くなっていく。

 と、思ったが。そのまま歩き続け、いくつ目かの岐路を経て歩んだ先、ふっと木々が少なく、見通しのよさそうな場所が見えた。陽の光の差すその場所は明るい。ずっと背の高い木に覆われたところを歩いてきたためよくわからなかったが、まだ空の色は暗くくすんではいないらしかった。

 そして、その場所に気付くと同時に、なにやら煙くさい空気が漂ってきた。なんだ、なんのにおいだ。何かを燃やしているのか。

 坂を上り、その見通しのよい部分に近付くにつれ、その煙のにおいが近くなっていく。それから、ぱち、ぱちりと何かが弾ける音がした。そしてすぐ、焚火らしき炎が視界に入った。

「おっと」

 急に、声が聞こえた。

 その炎の向こう側に、ひとりの男が立っていた。焚火のある、傾斜が消えた平地のひらけたその場所はまだまだ明るいペールブルーの空が広がっているのに、その男はその空の色に似合わず真っ黒だった。黒のナイロンジャケットに黒のスキニーパンツ、パーマなのか寝癖なのかわからない真っ黒の癖毛、黒縁の眼鏡。足元だけは分厚い赤のバスケットシューズを履いていて、その鮮やかな赤は焚火と同じ色をしていた。

「どしたーお兄さん、こんなところまで」

 真っ黒の男はにこやかにこちらに話しかけてくる。しかしその手には斧が握られていた。そして、彼のそばにはその斧で叩き割られたと思わしきパソコンのモニターがあった。

「見かけない人だね、この時間にこんなとこ来たら危ないよーもうすぐ夜になっちゃうからさ」

 男は手にした斧でモニターをとんとんとつついている。内海は突然の遭遇と、把握できなさすぎる状況に咄嗟に言葉が出なかった。

「もしかして悪いことしにきた?」

 はは、と男が笑う。見るからに悪いことでもしていそうなのは自分よりもその男のほうだと言いたかったが、薄着で見知らぬ山に入り込んだ自分も正直怪しくないとは言い切れなかった。

「……そんなんじゃないけど」

「そう? じゃあそうだな~、あっ死にに来たな~?」

 軍手をはめた手で男が内海を指差した。図星だ。だがこれに素直にそうだと返事をすることなどできない。男はそんな様子の内海を見て、また軽く笑った。

「どうやって死ぬ気だったの~? お兄さん手ぶらじゃん。縄とか持ってきてないの?」

 急に縄、と言われて、自分のポケットに軽く手を寄せる。財布とパスケースと鍵、それだけだ。近所のコンビニにでも買い物に出かけたかのような持ち物しかない。山に来れば死ねる、それしか考えていなかった。適当に飛び降りようとしか思っていなかった。計画などまるでない。道具が必要なのか、というか縄ということは首をくくらないといけないのか。それを聞いて、ここまで来た意味もよくわからなくなってしまった。

 きょとんとしていると、男はきゃらきゃらと声を上げて笑った。その声と一緒に笑うように、焚火がぱちぱちとはぜた。

「あんた自殺の才能ないなあ」

 男は楽しそうに笑って、のんびりとそう言った。そんなものに才能が必要なのかとも思ったが、まあたしかに。ここまで何も考えずに飛び出すのは我ながら適当すぎたかもしれないと思った。

「ここじゃああんたは死ねないよ。っていうかここで死んでほしくはないかな」

 男は、んーと鼻を鳴らすようにしながら頭を掻いた。

「ねえ、どうせここまで来たんだったらちょっと手伝ってよ。その火でこの辺にある紙とか燃やしちゃって」

 火のそばには切り倒された細い丸太が横倒しになっていた。男はその丸太の上に腰を下ろし、内海を手招きする。どうするか迷ったが、内海は男の隣に腰を下ろした。

 火のそばには、カラフルなカードや、何かの文字が印刷された透明なフィルムのようなもの、イラストなどが描かれた小型のダンボールが置かれていた。男はそれらの中からカードの束を掴むと、火の中にぽいっと投げ入れる。みるみるうちにカードは焼けて、踊るようにして黒く焦げては灰に変わっていった。

「こうやって燃やしてって。できれば字とか残らないように。はいこれーよろしくね」

 男はそばにあった木の枝を掴むと内海に手渡した。それから男は人差し指でその炎の中を掻き回すような仕草をしてみせた。足元には斧がある。そしてこの焚火。内海は枝を受け取ったまましばらく動けず、ぱちぱちと目を泳がせながらまばたきを繰り返した。それから、思い切って男に尋ねてみることにした。

「……ここでなにしてんの」

「んー? 不法投棄と、悪いことの証拠隠滅」

 にこ、と眼鏡の奥で、やけに薄い色の目を細めて、男は笑った。

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