夜、MDプレイヤー
「今日は、外に行こうよ」
遥は、僕の部屋に来てそう言った。夜中の三時だった。
電灯が、等間隔で夜を照らしていた。目線を下げると、ぼうぼうに雑草が生えた田んぼばかりで、退屈な道だった。星が見えたのが、いくらかマシだった。
「風が気持ちいいね」
遥の声が後ろから聞こえた。
前髪が少し揺れる程度の風が全身を撫で、通り過ぎていく。たまにはこんな日もいいかな、そう思った。
僕たちは黙って道を進んだ。
すると、遥は急に立ち止まり、少しうつむいた。
「私たち、もう終わりかもね」
確かに、僕たちはもう終わりかもしれない。
原因は僕だった。
空想に時間を費やすことが増えた僕は、遥と過ごす時間すら億劫になっていた。
彼女が淹れた紅茶は口が渋くなるし、彼女が洗濯したタオルはごわごわで、拭く度に赤くなる皮膚を見て無性にいらいらした。彼女の垂れた長い髪が、僕の体に当たってこそばゆいのも、不快に感じた。
それに、彼女と何かを共有すること自体、もう意味がないのだと思っていた。
「ちょっと待っててね」
遥はそう言うと、小走りで目の前のコンビニに入っていった。
僕はどうしようもなくなって、ただ星を見ていた。
無数に存在する星に生物はいるだろうか。生物が存在できる条件を満たす環境は、分解した時計を海に投げた時に、波の力で偶然完成するくらいの確立で産まれると聞いたことがあるが、こんなにも広い宇宙だ。一つくらいあるのかもしれない。
もしくは一匹、いや、一人くらいは、元来生きられない環境に適応した生物がどこかにいるのかもしれない。
そう考えると、宇宙もまだ捨てたものではないなと思う。
ポケットに入れていた小型のMDプレイヤーは、もう何も音がしない。いつの間にか壊れてしまったようだ。
昔は、心が躍るようなポップや、感傷に浸れるようなバラードを発していたはずだったが、もう口ずさむことすらできなくなってしまった。
「おまたせ」
彼女は桃缶を開けて、食べながら帰ってきた。はしたないな、と思った。
僕が前に出ると、遥も歩き出した。
そうしてついに、海についた。波がざざざっと大きな音を出していた。
その音の中に、彼女が鼻をすする音が混じっていた。
薄着だから、風邪でもひいたんじゃないか。
そう思いながら僕は、車椅子の上でゆっくりと深い眠りについた。