エッシャーの城>>闘争>>7
「こちらニコライ、あと数分で作戦領域を離脱する。エカチェリーナ、そっちはどうなった?」
ニコライからの通信に、エカチェリーナは朗報を返した。
「……らエカチェリーナ、……ごける子供は……したわ、後10……完了よ」
山腹に入ったせいか、雑音が心なしか薄らいでいる。隊員たちが口々に労い合う中、しかし、唐突なアラートが回線に割って入った。
「敵襲!」
ヘリの音が聞こえない。火器管制用のアクティブレーダーだ。敵が現れるよりも早く、ニコライが指示を出した。
「散開! ジャミング!」
夜空をよぎる光の尾。流星群と間違えるには、あまりにも煩すぎる。無線越しの音を追い、遠い爆音が畳みかけた。残響を突き破り、隊員の点呼が届く。アントン、モーゼス、イワン。バトゥの返事がない。
「バトゥ! 無事か! 応答しろ、バトゥ!」
何度呼びかけても、息を潜める仲間達の緊張しか聞こえない。15発あったミサイルが、反撃する前に残り12本だ。噛みしめた奥歯が窮屈な音を立てる。
「クソッ! 引き返せ、山火事に紛れ込むぞ!」
ところがイワンは命令に逆らい、両手のグリップを思いきり押し込んだ。蹴りこんだスロットルが、ブーツの爪先を押し返してくる。
「ジャマーを切れ。囮がいた方が狙いやすいだろう」
押し寄せる森、足をとる土。速度が鈍り、機体の縦揺ればかりが大きくなる。このままでは格好の的だ。イワンは右に舵を切り、木々の隙間を見つけながらサルーキを斜めに登らせた。
「止めろ! 袋叩きにされるぞ!」
森の奥から、ボルゾイのエンジン音が近づいてくる。
「サルーキにはミサイルを積んでいない。俺を狙わせるべきだ」
通信と同時に、目の前をよぎる3つの影。ミサイルのコンテナが、機上で大きく揺れている。すれ違うと同時に、イワンは赤外線ジャマーを起動させた。
「死ぬなよ」
少し遅れて、ニコライからの応答。
「ああ、敵が生きている限り」
跡形もなくなるまで、叩き潰さなければならない。今まで党が葬り去った、全てのものと同じように。右足を前に出し、イワンは小さなレバーを蹴った。増槽を振り落とし、さらに加速するサルーキ。夜の奥から、木々は次々に襲い掛かる。
アラート。敵が無事に喰いついた。ミサイルは、間髪入れずに飛んでくる。イワンはグリップを引き、サルーキに制動を掛けた。前脚から伝わり、全身を打つ衝撃。すかさず左から順にグリップを押し込み、木々の背後を横切って海側へ低く飛びすさった。立て続けに轟音が弾け、木っ端が背中に降りかかってくる。
距離を詰めずに撃って来た。練度が低い証拠だ。森林地帯での対地攻撃は接近して俯角をとる。印中戦争の教訓が全く活かされていない。
「こちらイワン。全弾回避した」
速度を落とさないよう、イワンは坂を斜めに駆け下りた。残弾を気にしてか、ミサイルは使ってこない。その代わりに近づいてくるのは、くぐもったヘリの羽音だ。機銃による攻撃に切りかえたということだろう。
「了解。そのまま麓に敵機を誘導してくれ」
木々の間から、時折麓の炎が見える。16年前も、麓で火が燃えていた。見ていることしかできなかった。村を飲み込む炎を、飛び去っていく友軍の支援機を。連中をあの中に叩き落とす日が来るのを、イワンはあれから待ち続けてきたのだ。
そして今、味方がミサイルを積んでいる。
「こちらモーゼス、ポイントついたっす」
二人の報告を受け、ニコライはボルゾイのエンジンを落とさせた。後はイワンが、射角の中に誘き出すだけだ。
「敵機前方を通過。クソ、すぐ木の影に入りやがる」
イワン、真上に足止めできるか? ニコライからの通信に、アラートが被さった。今度は対地ミサイルではない。索敵圏内に白い点が三つ。右へ左へ、照準を逃れながら、木々を躱して斜面を駆け下りた。変拍子のステップを、ブナの枝を砕きながら重たい機銃の音がなぞる。さっきから見ている筈の、森の灯が嫌に遠い。イワンは歯を食いしばり、ヘリの位置を確かめた。
「こち……ナ、てっ……了」
鳴りっぱなしのアラートと銃声に阻まれて、無線の声はほとんど聞こえない。今度は前だ。土煙を避け左に跳んだサルーキの鼻先に、木の幹が現れた。




