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エッシャーの城>>闘争>>5

「あまり施設に近づかれると厄介だな。バトゥの所に集まれ。採掘場に突撃する」

 始めから待っていた状況開始の命令に、不揃いな応答とエンジン音が重なった。スロットルを踏む程に、サルーキの身のこなしは荒々しくなってゆく。向かい風に吹き飛ばされ、次々に現れる木々。僅かにグリップを傾け、イワンはその悉くを紙一重で躱し続けた。

「こちらモーゼス、今バトゥと合流した」

 木の根だ。回避するまでもなく、条件反射は障害物を受け流す。火の粉の吹雪を切り裂きながら、サルーキは砂地を蹴ってさらに加速した。速度計は150km/hを前後し、タコメーターは100,000r/mを超えている。スピードに乗ったまままばらな松の間をすり抜け、イワンはついにオレンジ色の土煙を捉えた。26m前方、ニコライのボルゾイが見えたかと思いきや、次の瞬間には流れ過ぎ、松林の中に消えている。

「先鋒はイワン、侵入後に散開して配管を狙え。ミサイルは使うんじゃねえぞ」

 今回、ボルゾイのマウントは全て対空ミサイルに充てられた。飛行場の攻撃ヘリは、ボルゾイの天敵だ。武装構成は似通っていながら、ボルゾイより足が速く、常にこちらを俯瞰しながら索敵、攻撃することができる。消火用のヘリに人員が割かれたところで、その脅威は変わらない。

 向かいから、二機のボルゾイが駆けてくる。イワンは暗視ゴーグルを下し、左のグリップを小さく引いた。サルーキが左に傾き、木々を避けながら緑色の闇に滑り込んでゆく。

「こちらイワン、バトゥとモーゼスに合流した」

 乾いた足音を夜風に刻みつけ、3匹の猟犬は隊列を整えた。素早く全身をしならせ、向かい風の奥へと吸い込まれてゆくサルーキ。その機上には、しかし、ライダーが死に物狂いでしがみついている。機体が縦に暴れるたび、シートを挟んだ太腿が擦り切れ、首の骨が音を立てて軋む。戦闘が始まる前から、体中がガタガタだ。遅れてニコライとアントンのボルゾイが加わり、群れは油井の篝火めがけて突き進んだ。鳴りやまぬサイレン、木立の奥にちらつく光、消防車のバリケードが刻一刻と近づいてくる。

「攻撃開始!」

 木々の流れが止み、緑色の夜の上にまばらな四角い影が現れた。予想外の襲撃に、逃げ惑うの消防隊員達。北サハリンの田舎町では、反共テロなどお目にかかる機会もないのだろう。猟犬たちは防衛ラインを素通りし、採掘場に火種を持ち込んだ。樹状に伸びた動脈の、どこを噛んでも赤い火が噴き出す。右の引き金に指をかけ、イワンは短く弾を撒いた。ざら付いた視界に広がる、轟きと白い光。その中から、翻り、立ち昇る炎が現れた。

「足下のパイプを撃つなよ。ボルゾイは焼いても旨くねぇからな」

 そこかしこで轟音が放たれ、櫓を伝って夜を熱している。ゴーグルは、もう必要ない。生身の夜は赤く、ほんのわずかに揺らめいて見える。炎を避けてパイプを飛び越え、イワンは次の得物に向かった。

「親方、野郎はどうなんすか?」

 ニコライの冗談に、モーゼスが返事を寄越した。

「それこそ食えたもんじゃねえよ。その辺に放ってくから、そのつもりでな」

 正論だ。作戦行動中だというのに、口がそこはかとなく曲がってしまう。ひと際太いパイプに向かって、イワンは深く引き金を引いた。ガスト式機関砲の重い銃声。朝日が弾け、膨れ上がり、暗い空に食らいついた。恐らくは中央管だ。流れている原油の量が違う。反対側へと飛び移り、櫓を正面に捉えたが、危ない。今度は僚機が邪魔をした。ボルゾイを躱し、そのまま隣のブロックへ。銃撃に入る直前、イワンは上空を伺った。サイレンの向うに波打つ、冷たくて残忍な音。それも一つや二つではない。採掘場に、ヘリの編隊が近づいている。

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