エッシャーの城>>闘争>>2
「これだ!」
気づかれずとまではいかずとも、時間を稼ぐことくらいはできる。浮かび上がった作戦の形に、隊員たちの顔つきが変わった。
「おい、アレク。その扉ってのはどうなんだ。中から破れる程度のもんなのか」
ニコライに問いかけられてから、アレクは朧げな記憶を手繰った。鍵はかかっていたが、特別厳重ではなかった筈だ。
「そんなこと言われても……普通の防火扉くらいというか」
多少の鉄板など、物の数ではないらしい。防火扉と聞いて、ニコライは小さく笑った。
「決まりだな」
一枚めのピースが定まると、瞬く間に絵柄は広がってゆく。
「陽動と突入のタイミングはどうする? せっかく裏道を使えるんだから、火事でみんなが起き出しちゃもったいないわよね」
エカチェリーナは見取り図の上に身を乗り出し、段取りを描き出した。見張りの交代を防ぐためには、交代要員の到着前に火災が発見されなくてはならない。発見されない内に救助にこぎつけるためには、見張りが巡回を終えたのち、山火事の連絡が入るまでに突入しなければならない。
「11時に陽動を開始、消防部の初動が到着すると同時に突入を開始する。それなら歩哨と遭遇しても、本部は対応できねえだろ」
太い指が、一階の西階段を指し示した。
「侵入後、一人は見張りの押さえだな。アレク、他にはどこに誰がいる?」
アレクは首を傾げ、カルラの話を掘り起こそうとした。昼前から夕方のことならばいくらでも答えられるのだが、深夜の研究所を見たことは殆どない。
「研究員と看護師かな。宿直室は2階の、東の方だ。起きてる看護師は病棟の監視室にいるだろうけど、研究員はどうかな」
2階の診察室に詰めているか、1階の実験室で被験者の経過を見ているか。実験のない日なら、泊まっているのは2人だけだ。
「宿直室はともかく、実験室は避けて通れませんね。いっそ、最初から制圧するつもりで行きますか?」
見取り図から顔を上げ、バトゥは思わせぶりに笑った。
「なんだ? お前、コソ泥で終らせるつもりだったのかよ」
ニコライが笑い返すと、隊員たちは一斉に笑い出した。このメンバーが突入するのだ。ことが穏便に進むはずもない。ましてや施設の職員は、ユレシュの計画の一翼を担っているのだ。
「子供たちは、どうやって引き渡すんです? 置いてくと死にそうだし、人気のないところに呼び出すのも怪しすぎるっつうか……」
作戦会議が熱を帯びるにつれて、低くて太い換気扇の音は次第に遠ざかってゆく。
「それも火事で何とかなるんじゃない? 地下の広場に子供たちを集めて、そこに迎えに来てもらうワケ」
制圧した後なら、別にいいんでしょ? ざら付いた目配せに、ニコライは肩をすくめた。
「止めやしねえよ。ガキどもを拾ったら、後は何燃やそうとお前の勝手だ」
当初の目的とは裏腹に、血の匂いはきつくなるばかり。それでも皆の熱に当てられ、アレクもいつの間にか乗り気になっていた。
「問題は人選だな。ガキのお守りはカティに任せるとして、何人まで陽動に回せるか……」
ニコライは短い顎髭をさすり、隊員たちを見渡した。見張りを止めるのに一人、反対側の通路に一人、子供たちの誘導に3人。無論ニコライは数に入っておらず、バトゥ以下、数名のボルゾイ乗りを引き連れ、矢面に出ることが決まっていた。
「陽動の目玉はあくまで山火事だ。無駄にちょっかい出して尾行られるようなヘマはすんなよ」
含みのある戒めは、猟犬たちの鼻をくすぐった。
「OK、OK。やむを得ずでしょ? やむを得ず」
エサクの返事に、全員が笑い出す。これが彼らのいつも通り、幾度となく繰り返した、勝ち目のない戦いの、たった一つ。ただ一つ違うのは、今回彼らの照準が本当の敵を捉えるかもしれないということだ。
「よし、今日はもう終いだ。一遍向うさんとすり合わせてから細かいところを詰めてくら」
さあ、さっさと演習始めるぞ。小さく手を叩いて、ニコライは隊員たちを追い出した。近づいた勝負の気配に、皆が勢いづいている。アレクはハンガーまで彼らについていき、そこで別れて持ち場についた。これで作戦の目途が立ち、ひとまずアレクの手を離れたことになる。後は必要に応じて、施設の詳細や駐屯地の内情を探るだけだ。それからアレクがブリーフィングに呼ばれることはなくなり、早その一週間後にはサハリンに向けニコライ達が出発した。




