エッシャーの城>>指向>>3
ニコライの筋書きに、アレクの頼みは入っていなかったようだ。顔を見合わせる隊員たちを、ニコライは片手で制した。
「悪ぃが、そいつは無理な注文だな」
護衛は極めて負担の大きい行動だ。ましてや対象が子供達、それも逃すところから始まるとなると、達成は不可能に近い。
「それはこいつらに犬死してくれって意味だぜ」
ニコライが顎をしゃくると、強張った面持がサングラスに映り込んだ。映ったのが敵の姿だったなら、何であろうと襲い掛かるだろう。これまで恐れどころか、慎重ささえ見せたことがない。その男が、無理だと言っている。秤にかかった命の重みに、たちまち膝が笑い出した。それでも今のアレクには、踏みとどまらねばならない理由がある。
「そこでだ、例えばだけど、子供たちを助けることだけ、他所に任せられないか? 党の中にも、仲間がいるって話だったろ? 信用できる人が、正式に子供たちを拾えるようにするとか……」
頼りない提案に、ニコライが頷く筈もない。
「そもそも、そこまでする理由がねえだろ。アレク、お前、俺たちを慈善団体か何かと勘違いしてねえか?」
アレクには、返す答えがなかった。ニコライ達を動かすだけの実利が、一体どこにあるというのか。ニコライ達の実利。党やユレシュを転覆させるだけの打撃。目的は同じだというのに、アレク達とニコライ達の間には、あまりにも大きな隔たりが横たわっている。力なく下した手は、しかし、思いがけずカルラの筋書きに触れた。
「いや、見返りなら、ある」
実験の証拠を押さえて、保守派の党員を味方につける。外から石を投げるだけでは彼らに止めを刺せないことは、ニコライ達にも分かっているはずだ。
「党内の人間を引っ張り込んだら、流石のイポリートでも隠し通せなくなるだろ? それって、結構致命的じゃないのか?」
アレクを睨み付け、牙を剥きながら、しかし、ニコライは動かなかった。鋭い眼差しだけが、帳の奥に隠れた獲物を探っている。
「……だがな、一体どこが片棒を担ぐってんだ? 国防局の縄張りだ。お気軽に手え出せるもんじゃねえぞ」
カルラの仲間にできないことをニコライ達に頼んでいるのに、できることが前提になっている。あと一歩のところで、思わぬ落とし穴が潜んでいた。一所で回り続ける換気扇の溜息が、コンクリートを震わせる、
「待って、ニコライ。あるかもしれないわ。一つだけだけど……」
助け船は、反対側から漕ぎ着けた。
「……『守る会』なら、興味を示すんじゃないかしら」
エカチェリーナを振り返り、ニコライは鼻を鳴らした。
「それにしたって、足を引っ張らねえとは思えねえ。余計な手間が増えるだけだ」
話がアレクの知らない方へ、ひとりでに歩きだした。
「『守る会』?」
遮られたにも関わらず、エカチェリーナはわざわざ笑顔をかけなおした。
「ごめんごめん、先に言っとけばよかったわね」




