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エッシャーの城>>指向>>2

「こっちだ」

 奥の扉は、小奇麗な廊下に繋がっていた。向かいが応接室、その隣は簡単なキッチンなのだという。後は私室とトイレがあるくらいのもので、唯一の出口は突き当りのエレベーターだ。テーブルほどの小さな筒は光の中にたたずみ、耳に詰まる静けさだけが速さと深さを物語る。

「着いたぜ」

 エレベーターは、驚くほど滑らかに止まった。扉の間から現れたのは、薄暗いブリーフィングルームだ。一面のモニターが入ったテーブルを、隊員達が既に取り囲んでいる。

「待ってました! 全員集合って言うから、こりゃ久し振りのカチコミだぞって話してた所だったんですよ」

 バトゥに合わせて、口々に戦意を表す狩人たち。思いがけない追い風だが、子供たちを助けることに、彼らはどれだけ意義を感じてくれるだろうか。ぎこちなく笑い、アレクはニコライの話を待った。

「先日、ロボトミーの実験施設が発見された。オハ郊外の森林に、イポリートの息がかかった収容所があるらしい……詳しくはまだ調査中だが、状況次第では襲撃も検討してるぜ」

 ニコライが歯を見せて笑うと、部屋は歓声で一杯になった。

「来た来た来た来た! こうゆうのを待ってたんだよ、俺は!」

 飛び上がった隊員を、エカチェリーナがたしなめた。

「ちょっと、クラウス。はしゃぐのはちゃんと話を聞いてからにして」

 隊員たちの眼差しが、ニコライに注がれる。自分で答える代わりに、ニコライはアレクを小突いた。

「聞いてるかもしれないけど、この間の立ち入り捜査、掴んだのは俺だ。夢の中で他人の意識を覗いて……って、随分嘘くさいな。人に話すと」

 前置きはいいんだよ、前置きは。ニコライに耳打ちされて、アレクは覚束ない説明を始めた。

「イポリートって男を見張ってた時に、研究所のことを知ったんだ。それからいろいろ調べて、そこの職員たちが子供の脳味噌を加工して、データを集めていることまでは確かめた。イポリートが言うにも、ユレシュの実験を再現してるとかなんとか」

 野郎共、やっぱり続けてやがったな。皆が口々に悪態をつく中、一人だけ眉を寄せた者がいた。

「再現ってどういうこと? それじゃまるで、ユレシュが……」

 お気楽なようでいて、肝心なところでやはり鋭い。アレクは浮かない顔で、エカチェリーナに打ち明けた。

「それが、本当にいないみたいなんだ。研究所にそれらしい奴はいないし、イポリートたちも、今ユレシュが何をやってるとか、そういう話は全然しない」

 アレクの理解には、大きな穴が開いている。ユレシュの消息を巡って、ざわめきは足踏みを始めてしまった。

「オイ、話がそれてるぞ」

 場が静まり返る前に、イワンがニコライに噛みついた。

「アテにならん。おいニコライ、そんな伝聞の寄せ集めで、俺を戦わせるつもりじゃないだろうな」

 前髪の陰から、荒々しい光が突きつけられた。換気扇の冷たい音が、錆の浮いた床に降り積もってゆく。隊員たちの見守る中、ニコライはいつものように歯を見せて笑った。

「ああ、勿論、裏を取ってもらうぜ。お前が確かめてきたことなら、誰も文句は言わねえだろう」

 顎を突き出し、イワンは鼻を鳴らした。

「フン、それは分かりやすくて結構だな」

 それで、どこに行けと? ニコライには、まだ仔細を話していない。アレクはイワンの前に歩み出た。

「道はまだわからないんだ。オハの近くで、森に囲まれてるってことくらいで。オハ国立擁護センターっていって、昔は伝染病の隔離施設だったらしいけど……知らないよな」

 イワンの目つきが、険しさを増した。イワンの言う通り、まだ大したことは分かっていない。ニコライがせっかちすぎるのだ。

「警備は?」

 たじろぎながら、それでもアレクは記憶を振り絞った。

「軍隊が出入りしてる。日用品も軍が持ってきてるから……そうだな、トラックが目印になるかもしれない」

 口にしてしまえば、随分と頼りない思いつきだ。うろたえるアレクをよそに、イワンは無精ひげをなぞっている。血走った獣の眼に、獲物以外は映らない。それでもアレクは息を吸い込み、ニコライ達に呼びかけた。

「俺、皆が何で戦ってるのか、今まではよく分からなかったんだ――確かに党のやってることは酷いよ。でも、だからって、命を懸けたり、奪ったりしてまで逆らう必要があるのかって」

 アレクを押し流そうとする、眼差しの重み。失われゆく命の前には、カルラが負った苦しみの前には、しかし、なんと軽いものか。

「やっと分かったよ。俺が躊躇っている間にも、踏みにじられている命があるってことが……みんなの力を貸してほしい。あそこで死を待っている、子供たちを助けたいんだ」

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