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エッシャーの城>>潜在>>8

 翌晩、アレクは中庭でカルラを待った。オハの研究所は、今までどうやって隠匿されてきただろうか。病院が閉鎖されたことになっているのか、それとも病院に偽装されているのか。カルラが前身の病院に見当を付けてくれれば、少なくとも場所は明らかになる。

「お待たせしました」

 扉の金具が石にぶつかる、ささくれだった音がした。カルラは振り向かず、小走りで駆け寄ってくる。

「何か、分かりましたか? 病院のこと」

 アレクが尋ねると、カルラは肩で息をしながらとぎれとぎれに答えていった。

「ええ。結論から言いますが……オハ国立擁護センター……表向きは、発達障害を持った子供達を静養させるための施設です」

 子供の家から被験者を引き抜くには、正にうってつけというわけだ。 

「この擁護センター自体も、半ば隠匿されていました。見つけられたのは、アレクさんの偵察のお陰です」

 オハ近辺の医療施設は5つほど見つかったが、擁護センターはその中に含まれていなかったという。矯正施設の類もなく、途方に暮れていたところで、カルラはあるものを思い出した。

「今から10年以上前、感染症の隔離政策が実施されたことがあったんです」

 その時作られた収容所の一つが、オハにあったのだという。そして収容所の記録を追った所、オハ国立擁護センターが浮上してきた。

「感染症の収束と同時に、収容所の短い略歴は終っています。大幅な改修を受け、オハ国立擁護センターとして再開設。それを境に、リストや文献から擁護センターの名前は消えています」

 まずここと見て、間違いないでしょう。カルラは目を細め、向かいに生えた百日紅の木を見つめた。生白い皮が剥がれ、ところどころに灰色の斑が浮かんでいる。

「次はどうします? 前に話してた立ち入り調査ですか?」

 カルラは頭を振り、ベンチに手をついて立ち上がった。

「いえ。施設がここだけとは限りませんし、第一ユレシュが見つかっていません。下手に手を出して彼らの警戒が強まれば、阻止することが益々難しくなるでしょう」

 固く握った拳が、小さく震えている。日差しに焼き付いた白衣の影を見つめ、アレクは低く鼻を鳴らした。

「ここまで来てお預けか……でもまあ、オハにいるかもしれないんだし、そしたら一件落着でしょ?」

 たとえここがゴールでなくとも、ユレシュが大きく近づいたことは事実だ。アレクはカルラの背中を叩き、空きっぱなしの扉を指さした。

「ええ、まずは夕べ見つけた吹き抜けをさらいましょう」

 張り詰めていた顔つきが、少しだけ和らいだように見えた。確かめる間もなく、カルラは足早に歩き出している。仇敵に、手の届くところまで来たのだ。じっとしていられる訳がない。二人は黙々と螺旋階段を上り、白い宮殿を突き進んだ。

「でも、所長じゃないなら、ユレシュはどこにいるんですかね」

 狭い通路に問いかけが木霊し、寡黙な足音を掻き消した。研究が続いているなら、ユレシュはその中心にいる。二人とも口に出したことはないが、いつの間にかそれが大前提になっていた。

「アレクさんの言った通り一研究員に身を(やつ)しているか、そうでなければ、外部の人間として視察や指導をしているのでしょう。ユーリや所長を監視していれば、じきに接触があるはずです」

 カルラの推測から、ユレシュが外れることはないらしい。

「それでも見つからなかった時は?」

 アレクがあえて食い下がると、カルラの声に火の気がにじみ出た。

「本当に死んでいるというなら、その方が助かります……が」

 カルラは眉間を押さえ、時間をかけて息を鎮めた。向う8年、粘り続けてきたカルラにとって、それがどれほど手痛い肩透かしなのか。アレクは目を伏せ、次の一言を待った。

「研究の実態が判明しつつある今、逆にユレシュの不在が確認される可能性が生じているのですね」

 今はまだ、何も断定できない。二人には確証が必要だった。曲がり角の先、狭い吹き抜けのどこかに隠れている、証拠。互いに頷き合ってから、アレクたちは通路から飛び出した。

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