エッシャーの城>>潜在>>7
夢から抜け出すや否や、アレクは隣の扉を確かめた。行儀よく閉まったまま、底知れぬ鉄の扉は小さな灯りに揺れている。カルラの姿がないのは、まだ戻っていないからか。待ち切れずに取っ手を押したが、扉はすぐ錠にぶつかった。間違いない。鍵がかかっている。やはりこれは、中にカルラがいるからなのか。アレクは諦めて、手すりに寄りかかった。
あの研究所が、レポートが書かれたオハなのだろうか。動悸の混じった溜息を、城のうめき声がさらってゆく。何とも冷たく、芯に響く風音だ。手すりどころか、足場からも振動が伝わってくる。リヒャルトの怪談を聞かされたせいだ。何もいないと分かっているのに、灯りは時折陰を開いて亡霊をちらつかせた。
この城は文字通りの伽藍洞だ。同じ出るにしても、さっきの研究所が先だろう。あそこで何人子供が死んだのか、分かったものではない。頭を振り、手すりを離れようとしたその時、背後で鉄の軋む音がした。
「出た!」
アレクは扉を振り返り、後ろ手で腰壁に張り付いた。
「何が『出た』ですか。全く」
扉の主が研究所の所長だったこと、今も子供を使った人体実験が行われていること、研究所がかつて病院だったこと、当時の患者の幽霊が出るらしいこと。吹き抜けに響く風音が、うめき声のように聞こえたこと。呆れ顔のカルラに、アレクはたどたどしく言い訳した。
「その男の言う通りです。怨霊などというものがいるのなら、恨みを買いあさった人間がのうのうと生きている筈がありません」
アレクの弁明を一蹴し、それからカルラは自分の収穫を伝えた。
「私の選んだ扉は、案の定ユーリという男のものでした。イポリートと別れた後、彼が向かったのは児童福祉課です。役員に挨拶回りをしていたのは、実験台を融通してもらうためとみて間違いないでしょう」
アレクさんの報告にも、一応裏が取れたということになりますか。結果をまとめるカルラの声は、軽蔑よりも硬く冷たい。ただ、瞳に映った燭台だけが、鋭い光を放っている。
「後は問題のオハですが……アレクさん、その研究所、以前は病院だったそうですね。他に何か聞いたことがありませんでしたか?」
カルラの視野には、もう敵が入っているに違いない。険しい眼差しを突きつけられ、アレクには首を動かすのがやっとだった。
「幽霊の話の続きなんですけど、患者が逃げようとして捕まったとかなんとか……それって、閉じ込めてたってことですよね。要するに」
きな臭い憶測を預け、アレクはカルラをじっと見守った。あと一歩で、亡霊に手が届く。命を貪り、育ちつつある謀を、夢の中から現実に引きずり出すことができるのだ。
「患者を拘束する可能性があるのは……アルコールセンターか、サナトリウムか……いずれにせよ、これで調査はかなり楽になりました」
施設が特定できれば、ついにこちらから手が打てます。燭台の灯に浮かんだ横顔は、いつになく鋭い。その日の探索はそこで打ち切られ、アレクはカルラの調査結果を待つことになった。




