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エッシャーの城>>髄質>>8

「お待たせいたしました。こちら、季節のスイーツ、ビワのタルトでございます」

 皿がクロスの上を滑り、小さな波が浮き上がった。斜めに乗せられた半切りのビワが、艶やかな光を放っている。ウェイターが去った後も、アレクはカルラがフォークをとるのをじっと待っていたが、にらみ合いが続くばかりで一向に気配がない。しびれを切らしてビワをつつき、アレクはおもむろに頬張った。

「やっぱりうまいですよ。みずみずしくて、香りがふわっとして」

 答える代わりに、カルラはタルトの先をつついた。

「まあ、それで実験するうちに、分かったんでしょ? こめかみのところの、ブレーカー? ブローカー?」

 正しい名前を思い出せず、アレクは人差し指でテーブルを叩いた。

「ブローカ野です」

 ため息交じりの一言。それでもカルラが応えたことには変わらない。

「同じバスに乗っていた女の子は、側頭葉の白質を部分的に切断されました。研究が始まった当初は、城は表象が記録された辞書のようなものだと考えられていたのです」

 辞書ですか。煮え切らない相槌に、カルラは小さくうなずいた。

「大脳の各部位に、それぞれ主だった役割があることはご存じですね」

 側頭葉の外側部には、対象を意味と結びつける機能がある。物体を視認したとき、単語を耳にしたとき、特定の表象を呼び出し、それが何であるかを知らせるのだそうだ。

「それで、その部分が意味に関係してるのは、城と繋がってるからだって、そういうことになったわけですね」

 だがそれが間違いだと、アレクはすでに知っている。間違いを確かめるためだけに、一体何人が使い捨てられたのか。浮かない顔を見定めてから、カルラは小さく頷いた。

「言わずもがな、結果は失敗でした。彼女の世界からはリンゴと犬の区別が消え……意味のない文章を延々と語り続けるようになりました」

 部位を変え、手段を変え、ユレシュ達は虱潰しに大脳を破壊し続けた。側頭葉が駄目なら帯状回を、切断が駄目なら電気刺激を。被験者は実験のたびに知性の一部を切り取られ、消耗が蓄積すれば新たな被験者と交換される。膨大な記録とともに、犠牲者が積み上げられていった。

 救いのない結末に、返す言葉が見つからない。うなだれたアレクの目に、コーヒーが映り込んだ。暗い淀みの奥底で、際限なく絶望は膨らんでゆく。その上澄みに、他ならぬアレクの姿を映したまま。アレクは目でミルクのポットを探したが、その手が掴んだのはコーヒーカップの取手だった。

「そしてその実験は――」

 コーヒーを飲み干し、アレクは結果を確かめた。

「一人の被験者に辿り着くまで続けられた」

 まなざしの先に、果たして最初の一人がいた。そして恐らくは、最後の一人が。カルラはアレクを真っ直ぐ見つめ返したが、やがて首を横に振った。

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