エッシャーの城>>髄質>>7
静まり返った陰の中で、カルラは記憶を手繰り寄せた。病院のリハビリ室に集められた子供たち、森の中を走り続けるバス、鉄条網に囲われた真っ白な研究所。
「被験者は、過去の病歴のみならず、家系についても念入りに調べられていたようです。私の場合、祖父がシャーマンだったことが選出された理由でした」
黒髪を与えたのは、遠い遊牧民の血か。相槌を打つ合間に、アレクは問いかけた。
「ええ。半分だけですが、私の中にはネネツの血が流れています。それも、霊界を覗き込む、霊媒師の血統が」
見慣れた何かが一瞬だけ与太話を横切るのを、アレクは決して見逃さなかった。
「霊界を……覗き込む?」
それが何かを、アレクは体で知っている。遠い汽笛が鳥かごを震わせ、いらぬ言葉を退けた。
「お察しの通り。ユレシュが探していたのは、城への入り口です」
霧の海を初めて見たとき、あの世としか思えなかった。霊媒師が同じように城の近くを通っていても、なんらおかしいことはない。アレクの顔つきを確かめ、カルラは続けた。
「無論ユレシュは、城を霊界と考えたわけではありません。後から調べたことですが……当時ユレシュの関心は、変性意識状態に向けられていたようです」
城のことならいくらか聞かされたが、心理学となるとアレクにはさっぱりだ。
「変性? 頭がイカれたってこと? ですか?」
素直に首を傾げると、カルラの目は僅かにしぼんだ。
「そう思う人もいるかもしれませんが、変性意識状態というのは、突発的なものです。通常の意識が途絶して、無意識が表面化した状態。それが変性意識状態への古典的な解釈でした」
ところが、ユレシュはそう考えなかった。むしろユレシュは、なぜ人間が同じ意識を繋げるのか、正常な状態を疑った。カルラの語る心理学史に、アレクは少しずつのめり込んでゆく。
「確かにユレシュの理屈なら、誰でもコロコロ他人の体に入る羽目になりそうだ。ちょうど俺たちが、扉に入るみたいに」
小さくうなずき、カルラが答えた。ですから。
「意識と体を一致させる何かしらの役割を、何かが持っているわけです」
その機能を失うことが、変性意識状態、憑依と呼ばれる現象なのだ。カルラとともに集められた大量の被験者は、病歴あるいは憑依の実績を持っていた。
「ユレシュはそうした人間を集め、様々な実験を重ねました。催眠や暗示、脳波の測定は幸運な部類です。何しろ中身を触っていない」
カルラは俯き、冷え切った息を流した。こめかみを伝う汗は決して暑さのせいではない。肩を落とし、黒い瞳を伏せたまま、カルラは言葉を探している。体を伸ばして紅茶をつぎ、諫めようとしたところに、ウェイターがやってきた。




