エッシャーの城>>髄質>>4
アレクはまたも、今までと違う場所に出た。かがり火の光が漂う、黴臭い廊下。壁と床と天井には、アジートに負けないくらい扉がびっしり並んでいる。レフ達の近くまで、流されてきたのだろうか。湿った壁に掌をつけて、アレクは短く鼻で唸った。窓の一つもないのでは、どのあたりか見当もつかない。白い宮殿や、カルラのいる中庭への道も。
廊下は緩やかに捻じれながら、大きな螺旋を描いている。しばらく歩いてゆくと、アレクは階段の踊り場に突きあたった。右から左に登る石段と、左から右に降りる石段。別に珍しいものでもない。そのまま進んだアレクの目の前に、さっきとよく似た廊下が現れた。
金具の音が混じった足音が、深い渦の中心に吸い込まれてゆく。アレクは廊下を延々と手繰り続けたが、ここは今まで見てきた場所とは違う。どこかで通路が一周しているのか、歩いても歩いても廊下が枯れ果てる気配はなく、どころか見覚えのある場所に戻ってきてしまうのだ。階段の踊場に立ち止まり、アレクは風の音に耳を澄ませた。
微かな風の音は、下の廊下から聞こえてくる。ここまでは自分の扉から遠ざかる方へ、遠ざかる方へと歩いてきたが、探し物は案外振り出しに転がっているものだ。最初に見た階段、下ったところに何があるのか、実際アレクはまだ確かめていない。アレクは下りの階段を選び、さらにもう一度下の階に向かった。
当たりだ。手摺りを回り込んだ瞬間、アレクは小さな声で叫んだ。見下ろした先には、通路ではなく石灰岩の壁が立ちはだかっている。周りの石壁の中、一面だけを覆う白壁には、僅かな見覚えがあった。螺旋階段だ。白い宮殿に繋がる、大きな螺旋階段。間違いない。幾度となく手をついて上った。手前に向かって反り返っているのは、裏側にあの壁があるからだ。
ツナギの金具が立てた音が、階段の上を跳ね、階下へと転がり落ちた。近い。あと少しだ。あと少しで、この迷路から抜け出せる。アレクは階段を駆け下り、白壁を突き飛ばして踊り場を切り返した。一段飛ばし、二段飛ばしで、左右にステップを刻む安全靴。階段の先に、光が見える。蝋燭の炎ではない、太陽の白い光だ。目の前に現れた四角い空に、しかし、アレクは体をのけぞらせた。
アレクは足を突っ張ったが、すぐ止まれるわけがない。勢いのついた体はそのまま城の外に飛び出し、バルコニーの手すりに打ち付けられた。漸く見つけた青い空が、大きく口を開けてアレクを待ち構えている。身を乗り出し、足が浮き上がったまま、アレクは膝と両腕で手すりにしがみついた。体が回ろうとしている。膝が浮いてしまう。この手すりを落としたら、空の果てまで真っ逆さまだ。アレクは歯を食いしばり、手すりの上で踏みとどまった。
とにかく体を起こさなければ、足場の上には戻れない。空の上に残った上半身をのけ反らせ、アレクは重い頭を持ち上げた。首が引きつり、筋が千切れそうだ。腹にめり込んだ手すりが重い。目一杯頭を引き戻し、これ以上は動かせないというところで、ようやく体が内側に滑り出した。両足が床を捉え、バルコニーに浸かった後も、腰が砕けて動けない。右手に浮かんだ別の城をぼんやりと見つめながら、アレクは息を整えた。
あの城の中にも、無数の扉があるのだろうか。じっと目を凝らしても、対岸はうっすらと霞んだままだ。調べるどころか、辿り着くだけでもどれだけかかるか分からない。冷たい溜息を吐き出して、アレクは再び歩き出した。
幅の狭いバルコニーは、壁に沿って左へと続いている。突き当りの角を曲がると、壁の陰から緑の庭が現れた。目の前に立ちはだかる一面の芝は、間違いない、カルラがいる中庭だ。壁に開いた入口をくぐり、アレクは見慣れた吹き抜けに辿り着いた。染み一つない石灰岩の壁、天窓から差し込む遥かな光。胸骨に打ち付ける心臓をなで下ろし、アレクはいつもの中庭に向かった。
そこから中庭に出るためには、一度外の通路に出なければならなかった。城壁から突き出した塔の周りを回り込んで再び城の中へ。カルラに案内された道を綺麗にそのまま遡り、階段を駆け下りれば中庭はもうすぐだ。アレクは息を小さく弾ませ中庭に飛び出したが、そこにカルラの姿はなかった。
カルラは夢を見ていない。そよぐ風としなる梢だけが、アレクに囁きかけている。人より早く横になるのだから、朝も人より早いのだろう。木陰のベンチに腰を下ろし、短く鼻で唸ってから、アレクは自分の扉へと引き返した。




