エッシャーの城>>盲視>>4
「やっぱ、食い物は街の方が旨いわ」
パスタを白ワインで流し込み、レフは熱い息を吐き出した。まだマルゲリータが来ていないというのに、これでもう4杯目だ。オレンジ色の麺を巻き込みながら、アレクもアルコールの混じった溜息をついた。帰りのトロッコは、一人で漕ぐ羽目になるかもしれない。
「買い出しのある時は、いつもついでに観光していくのか?」
アレクは残ったフォークの先で、アスパラガスを突きさした。香ばしい緑の照りはしっかりとした歯ごたえと共に砕け、仄かな甘さと辛味だけを残して腹の底に下ってゆく。
「買い出しっていうか、アタシたちのいる時はね。用事がなくても、時々遊びに来るよ」
アグラーヤは赤いパプリカを突き刺し、目を閉じてじっくりと噛みしめた。腹が膨らんでいる間だけは、流石のアグラーヤも可愛いだけの子供だ。
「それじゃ、知らないうちに、街ですれ違ってたのかもしれないな」
アレクは腰を浮かせて、自分の分のパスタをよそった。二人が野菜ばかり持って行くので、大皿にはホタテとエビが妙に沢山残っている。
「お待たせいたしました。こちら、マルゲリータ(大)でございます」
横合いから声をかけられ、アレクはフォークを握ったまま会釈した。気が付かないうちに、アレクの脇には黒いエプロンのウェイトレスが立っている。
「お熱いので、火傷なさらないようご注意ください」
ウェイトレスの言う通り、ピッツァの上で、チーズはまだ煮えたぎっている。にじみ出た油が泡をたて、おおらかな湯気が立ち上り、文句なしの焼きたてだ。トマトの赤とバジルの緑で彩られた、ナポリの真珠。ブランドトマト角切りを傷つけないよう、レフは大真面目でピッツァにナイフを入れた。
「レフ、さっさとしてよ!」
アグラーヤは身を乗り出して小皿にピッツァを受け、二人を待たずにかじりついた。良く伸びる白い生地、糸を引くチーズ、皿の上にしたたる油。ただのマルゲリータの筈が、アグラーヤを見ていると、世界の絶品に見えてくる。レフに切り分けてもらうや否や、アレクも早速ピッツァを掲げた。バジルソースがこぼれないよう、両側から挟んで二つ折りに。熱さを気にせず、思い切り頬張る。
柔らかい。久し振りに食べたピッツァは噛むほどに顎を押し返し、満ち足りた温かな旨みが口一杯に溢れた。二人のことを不思議がっていた筈が、飲み込む前に、もう一口頬張っている。懐かしの味を忘れないよう、アレクは必死にピッツァを詰め込んだ。




