エッシャーの城>>刺激>>4
アグラーヤ達と遊んでいる間に、時計は12時を回っていたらしい。考えがまどろみに軽く引き寄せられるたび、視界は静けさに沈み、物音が暗闇に溶けてしまう。アレクは黴臭いベッドに身を投げ、いくつも数えないうちに深い眠りに落ちてしまった。
それからどれだけ経っただろう。ようやく足が着いたのは、深みのある赤い絨毯だった。鈍い音が吹き抜けにこだまし、足元のアーチから明るい方へと抜けてゆく。この一日で、カルラに話すことが随分と溜まってしまった。白い宮殿で保安局の内情を探れたこと、ニコライ達が西側の禁輸品を運んでいること、アレクがどうやら、密輸を助けてしまったこと。
アレクは短いため息を追い出し、中庭に向かって歩き出した。早めに話をした方が、何かと傷も浅くて済む。回廊を回って階段を少し降りると、左脇から階段の下をくぐる通路がある。その先が、カルラのいる中庭だ。
表の明るさに目を細め、アレクは空に手をかざした。
「お久しぶりです――目ぼしいものはありましたか? 一昨日ご案内した場所には」
中よりは明るいものの、空には雲が混じっている。薄く積もった陰を踏みしめ、アレクはベンチに向かって歩いた。
「ご無沙汰してます……何というか、色々ありましたよ。あの後」
早速ですか。窮屈な報せを受けて、カルラは目を丸くした。とりあえずは、収穫から話すのが礼儀というものだ。
「それが、適当にのぞいてみたら、保安局に当っちゃって……」
アレクの笑顔には、晴れやかさが見当たらない。葉擦れの音に混じった翳りは、しかし、俄かに日差しが覆ってしまった。
「信じられない! 昨日の今日ですよ? 土日も挟んでないのに! どうしてそんな簡単に……」
ベンチから立ち上がりカルラはアレクに掴みかかった。起きている人間を覗くためには、昼の間に寝なければならない。カルラが使えたのは、土日の限られた時間だけだったのだろう。
「整備班は、昼夜が逆転してるらしくて。ほら、アジートの中って、日の光が届かないから……」
間近に迫った黒い瞳にたじろぎ、アレクはのらくらと言い訳を続けた。
「天使様が案内してくれた場所がよかったんですよ、きっと。俺は別に大したことしてないですし」
カルラがアレクを離すと同時に、深く豊かな風が流れた。若々しく穏やかな緑の匂いが舞い上がる。
「何はともあれ、これは大きな前進です。保安局なら、政府内部の情報も流れ込んでくるはずですから」
ニコライに洩らしたのも、内部情報ということになるのだろうか。アレクが足下に目をやると、芝生の中でバッタが跳んだ。この城で見かけた、初めての生き物。カルラが見向きもしないのは、見慣れているせいだろうか。
「そうですね。せっかく毎日見て回れることだし、お偉い人を見付けて、張り込むことにしますよ」
アレクの相槌に、カルラは拍子外れの手を打った。
「毎日? ……ああ、普段から昼に睡眠をとれるのですね、地下では」
誤解されてはいないだろうが、この言い方では来る日も来る日も自堕落に過ごしているかのようだ。咳払いをしてから、アレクは控えめに申し開いた。
「外が夜の間には働いてるんですよ、一応」
雲の縁が太陽の熱に触れ、白く輝き出した。太い塔の壁面が光の中に浮かび上がってくる。
「別に念を押さなくとも……しかしそうなると、アレクさんのおかげで調査が一気に進むことになるかもしれません」
聞きなれた。溜息まじりの返事。その割には、カルラの真顔も心なしか和らいで見える。
「毎日城を見て回れるなら、ユレシュを捕まえられる可能性も出て来るってわけですか」
アレクはベンチに座り込み、雲の混じった空を見上げた。光が、広がってゆく。
「ええ、アレクさんのおかげで、見込みはぐんと上がりました。私もそちらの調査に加わりましょう」
中庭は音もなく、曖昧な日差しに覆われた。薄曇りになれた目には、広がる芝生のせせらぎが眩しい。二人は目を細めながら緑の香りを踏みしめて、庭の奥の扉に向かった。




