エッシャーの城>>認識>>7
おはようございます、親方。整備班が一斉に挨拶する間も、ニコライはハンガーの中をきょろきょろと探っている。
「ボルゾイはすぐにでも使えます。丁度、昨日組み直したところですよ」
昨日のボルゾイは、ニコライのものだったようだ。班長は一番手前のボルゾイを指したが、ニコライは手を振った。
「いや、今日はアレクのやつに用事があってな。ちょっと借りてもいいか?」
サングラスが鋭く光り、それからアレクを見つけて止まった。倉庫のことだ。何かあったのか、何もなかったのか。どちらかと言えば、何もないときの方が拙い。
「ええ、大丈夫です。今日は特に立て込んでいる訳ではありませんから」
アレクは立ち上がり、軍手をポケットに押し込んだ。
「戻ってこれるように祈ってくれよ」
おいおい、何をやらかしたんだって? 苦笑いを浮かべるアレクを見て、レフ達は控えめに笑った。怒るでもなく、笑うでもなく、ニコライは黙って突っ立っている。ハンガーを後にしてエントランスホールの外周を歩き、エレベーターに乗り込んでから、ニコライはやっと口を開いた。
「お手柄だったな。国安の張り込みは手下に確かめさせた。今は売買に関わってた連中を順次引き上げさせてるところだ」
在庫が全部飛んじまったのは災難だったがな。ニコライは銀色の壁に寄りかかった。滑車の音と小さな揺れが、見えない縦穴を昇ってゆく。
「手遅れだったかな」
アレクが項垂れると、ニコライは派手にため息をついた。
「おいおい、お手柄だって言ったろ? 奴らも上手く隠してやがったからな。お前が教えてくれなけりゃ、十倍の金が飛ぶところだった」
操作パネルのランプは、一番上まであと少し。一番上は大通りで、それより上の階は無い。地下基地なのに出口が底にあるというのは、どこか逆説的に聞こえる。
「こいつはお前の分け前だ。俺はにまだ後始末があるが、お前は先に楽しみな」
ニコライはアレクに無地の封筒を押し付けた。重なった紙の縁と面の持つ平らな張りが、ツナギ越しでもよく分かる。アレクは金に手を付けず、目を白黒させながら封筒とニコライを見比べた。
「わ、分け前って、俺は参加したわけじゃ……」
待ち伏せのことを教えたのは、ただの人助けに過ぎない。密輸の儲けを突きつけられて、アレクは一歩後ずさった。小さな紙の塊が、鉛の重さを滲ませている。
「じゃあ、礼だと思って受け取れ。お前、まだ殆ど文無しだろうが」
目をそらしたアレクに、ニコライが一歩詰め寄った。ステンレスに金具がぶつかる、冷たい音。礼と言われては逃げ場がない。アレクは仕方なく封筒を手に取った。
「あ、ありがとう……」
脳味噌が軽く浮き上がり、ブザーが到着を知らせた。人違いな大金を見れば、皆あれこれ詮索するに決まっている。ハンガーに戻るのは、部屋に金を置いてからだ。アレク達と入れ違いに何人かの悪童を乗せ、エレベーターは再びアジートの底へ戻っていった。




