エッシャーの城>>認識>>6
その後アレクは部屋に戻ったものの、なかなか寝付けず朝を迎えた。目覚まし時計が鳴るのは、部屋に来た時と同じ6時半。実際は半日ずれていたわけだが、整備班にとっては朝である。レフに教えられたカフェでトーストをかじり、他人の真似をして金を払い、アレクは通りをのんびりと下った。狭い坑道を満たす悪臭も、三日目ともなると気にならない。ハンガーについてみるとアレクは一番乗りのようで、新入りらしく掃除をするうち、仲間が一人、また一人とやってきた。
「どうしたんだい、アレクくぅ~ん。ホームシック? 彼女のことが心配? 大丈夫、大丈夫だって」
レフはアレクの顔を見て、力任せに励ました。シャワーを浴びた時にひどい隈が出来ていたから、気を遣われても仕方がない。
「弱気になっちまうのは、楽しいことしてないからさ。よぉしよし、今日こそ俺が責任持って、よろしくないお店に連れてってあげようじゃないの」
『いい店』ではない辺りは流石レフというべきか。生返事を返し、アレクはボルゾイの傍を離れた。歩行脚のベアリングは、タイヤ立ての脇に置かれた大きな赤いボックスだ。不均等に力が掛かるので足の軸受は歪みやすく、予備のベアリングが腐るほど置いてある。場所によって径が違うので、間違えやすい部品の一つだ。
ボルゾイは吊るされたまま、ゆっくりと宙を泳いでいる。心なしか、左後足の動きが鈍い。跨っていた先輩が降りると、班長が足場に登り、腰のプラグを抜いて備え付けのコンピュータに繋いだ。おかしいのは、制御系か、油圧か、サスか、軸受か。直接操作しても足の動きは変わらず、一旦外す運びとなった。
「オイル洩れはないんスよね……バルブもちゃんと開閉するし」
油圧制御装置に信号を送ると、磁石がコイルに引き寄せられる。磁石がポペットバルブと同軸のギヤを回転させ、空転用の回路が閉じ、出力側の回路が開く。信号が途切れるとスプリングで磁石が戻り、バルブが元に戻る。油圧制御装置にも問題は見当たらず、班長は軸受を調べた。
「アレク君、86mmのベアリング、くれるかな」
当たりだ。アレクの手渡したベアリングと入れ替えに、班長は擦り減ったベアリングをよこした。内側のカバーが、見事に中心からずれている。念のために腰のサスを確かめダンパーのオイルを入れ替えると後足は無事に息を吹き返した。
後はオイルの交換と、エンジンのチェックだけだ。車体底のジャックにバキュームのノズルを繋ぎ、アレクは手動コックを開けた。チューブの中をオイルが流れる音は深く、頼もしい。アキュムレータの圧力計が0になり、オイルの流れは止まったが、班長は支持を出さなかった。ハンガーの入り口、巨大な地下ロータリーを背にして、ニコライが立っていたのだ。