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エッシャーの城>>認識>>3

 このまま覗き続けたところで、アレクに出来ることはない。カルラに言われた通り、アレクは指先に意識を絞り込み、炎天下を歩く手足を止めるよう念じた。これでノンナの意識から抜け出すことが出来るはずだ。ほどなくしてアレクの体はノンナからずれ始め、気が付いた時には、目の前にドアが立ちふさがっていた。

 アレクが見たのは、夢などではなかった。秘密基地や陰謀よりも遥かに確かな手触りを持つ、いつも通りの日曜日だ。そこにアレクの姿はなく、党の作った辻褄だけが遺されている。昼前だったことを除けば、これ以上ない現実だ。

 ふらつきながら後ずさり、背中を冷たい壁につけ、アレクはゆっくりと座り込んだ。今この時も、街には仲間達がいる。変わらない姿で、聞きなれた声で、ユーゴやパルミや、ノンナが生きているを確かめることが出来たのだ。暗がりに切れ込んだヴォルト天井を見上げながら、アレクは溜め息を宙にほどいた。

 薄暗い廊下は静かなカモミールの香りに満たされ、突き当りの小窓の中を長閑な空が流れてゆく。ハバロフスクの煩さとは、何もかもが正反対だ。ドアの前に座ったきり、立ち上がれずいるうちに、アレクの手足はすっかり冷え込んでしまった。日の光を受けて輝く、真っ白な雲。エッシャーの城からは、夜空が見えることはない。

 夜。そういえば、ハバロフスクも昼前だった。アレクは一日働いてから部屋に戻って横になったわけだが、そもそも外が昼か夜かはアジートの中から見えるものではない。昼夜がひっくり返っているのは寧ろアレクの方だというのが、よほど素直な見方なのだ。

 今ならば、他の扉の中も。膝に手をついて立ち上がると、左手の指からキーホルダーが滑り落ちた。廊下の中を跳ね回る鍵の音はあまりにも、軽くて薄く、脆すぎる。屈んで鍵を拾ってから尻ポケットの奥に突っ込み、アレクは白い宮殿を目指した。


 道すがら、回廊に並んだ扉がいつにも増して目についた。いつもは同じに見えるオークの扉が、それぞれの表情と色合いで語りかけてくる。広いだけで静まり返っていた城が、惑うほどに鮮やかで、賑わっている。手近な扉に足を向けてしまいそうになりながら、アレクはその度に踏みとどまった。暴くべき秘密は、ここにはない。望楼の間にそびえるあの白い宮殿こそが、アレクの狩場なのだから。

 やはり昼間だからだろうか。カルラの姿は、中庭にも螺旋階段の広間にも見当たらない。アレクはおぼろげな記憶を頼りに螺旋階段を抜け、望楼の広場に辿り着いた。

「今なら……」

 歪なバルコニーと黄金の窓を縫い付けられた、白亜の宮殿。カルラに割り当てられた持ち場を見上げ、アレクは拳を握ったままゆっくりと息を吸い込んだ。この棟に入っているのは、一体どんな人々なのだろうか。いきなりユレシュにあたるほど簡単にはいかないだろうが、仲間の下に戻るためにも何かの手掛かりを見つけなければならない。

 まずはエントランスホール、正面のバルコニーに並ぶ逆さまの扉だ、アレクはバルコニーから伸びた半円形の階段を登り、右側の回廊を回って外に出た。外側のバルコニーは大きく弧を描いてUターンし、広場の石畳が頭の上にくる。二つ目の入り口からエントランスホールに戻り、アレクは床のアラベスクを見上げた。大丈夫だ。ここまでの道順は記憶通りに辿れている。ホールを横切る回廊からはいくつかの階段が伸びており、そのうち一番手前から右に出ているものが、下につながっている階段だ。階段は少しずつ左に曲がっており、赤い絨毯を踏みしめながら登ってゆくと、入口の向かいにある一番下のバルコニーに辿り着いた。足下には無数の階段と通路が走り、その奥には天井のフレスコ画が踊っている。随分と丸顔の、あれは天使達だろうか。窓から差し込み吹き抜けを貫く光の軸に目を細め、それからふと顔を上げると、そこに目指した扉があった。

 ワークブーツの底をくすぐる絨毯の毛羽立ちと、掌に張り付く手すりの冷たさ。つる草の影を被った、白い扉がゆっくりと近づいてくる。扉の前で立ち止まり、滑らかな光を放つノブにそっと手をかけて、アレクは大きく息を吸い込んだ。


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