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エッシャーの城>>学習>>8

「二輪の経験は聞かれるかと思ったけど、建機ってのは意外だったよ」

 舗装路を駆け抜けビルの上を飛んで渡る、このマシンのどこが建機なのか。軍用機を通り越して、レーサーとでも言われた方が頷ける。アレクがまじまじとパイプを見つめる間も、眼鏡レンチがナットに食いつきアルミ皿に吐き出す音はガレージの隅に冷たく積み重なっていった。

「見てくれは二輪だけどよ、駆動系は完全に建機なんだぜ。ほら、ホイールも油圧モーターだろ?」

 前輪の横には、リボルバーの形をした見慣れないパーツが取り付けられている。外からパイプが繋がっているものの、リボルバーから生えた鉄心の役割は一目で分かるものではない。先輩はリボルバーを外し、目の前で分解して見せてくれた。

「6本のシリンダーが束になってるだろ? 伸びたシリンダーが隙間の大きい方に滑り込んで、縮んだシリンダーが隙間の小さい方に戻ってくるわけだ」

 鉄心が油圧で伸び縮みするということらしい。ホイールに対して斜めに取り付けられていれば一本一本のシリンダーは回転運動を生み出せるだろうが。6本のシリンダーを最良のタイミングで連続的に動かすのは中々に難しそうだ。

「ちょっと待った。シリンダーにオイルを出し入れするタイミングは、どうやって取ってるんだ? 回転したらチューブも捻じれるだろうし」 

 いい質問だ。先輩が笑うと、茶色がかった前歯が見えた。

「電気のモーターと同じで、こいつにも整流子が付いてるのさ。ほら」

 リボルバーは、鞘の中で回転するように出来ていた。チューブに繋がっているのは鞘の部分までで、鞘の底には三日月型の穴が空いている。個別のシリンダーにオイルを注入しているのではなく、オイルが入るか出るかはシリンダーの位置に依るのだ。

「ちなみに上が注入側で、下が排出側だ。繋ぎ間違えると前進と後退が逆になるから気を付けろ。パッキンやボルトの色も塗り分けてあるだろ?」

 先輩はレンチの先で接続部を指したが、アレクから返事は返ってこない。目の前に現れた新発見の集合体に目を輝かせ、オイルの匂いも気に留めず、外されたシリンダーブロックを紐解いている。一通り確かめた後、アレクの口から出てきたのも、新しい質問だった。

「じゃあここ、シリンダーブロックが前後にスイングするようになってるのは?」

 流石にこれは脱線しすぎだったらしい。レフはアレクに、ベンジンを染み込ませた雑巾を押し付けた。

「変速装置だ。傾きが小さくなると一回転に使うオイルの量が減って、回転数とトルクの比率が下がるってわけ。さらに反対側に倒すと、ホイールは逆回転すると。シリンダーは溶液に漬け込むから、関節の軸受けを外して順番に拭いてってくんな」

 先輩のレクチャーが終わってしまうと、アレクはつま先から順にボルトを抜き、ワッシャーとボルトを拭いてアルミ皿により分けていった。金属粉のせいでグリスは黒く濁り、溶剤を使っても簡単には落ちてくれない。それでもボルトを外し終わり、フレーム側のグリスを拭取り始めた頃、ハンガーを一人の男が訪れた。

「ドミニク、なんだぁ、あの小僧は?」

 田舎臭くもたついたロシア語に、アレクは思わず顔を上げた。言いがかりをつけたのはずんぐりとした強面の中年で、ニコライよりも一回り年上なのだろう。オールバックにして後ろで括った髪にはところどころ白髪が混じっている。

「新しくここで働くことになった、アレク君ですよ。初日から好奇心旺盛で、中々見どころがあります」

 班長が何やら言い訳させられているが、その割にこの男の格好は随分とみすぼらしい。ワークブーツの底は擦り減り、カーゴパンツ共々泥まみれ。Tシャツの首はよれよれと波打ち、フロックコートは裾の辺りが煤けている。アレクの眼差しを拾った中年は眉間に皺の寄った一瞥を投げ返し、それからわざとらしく鼻を鳴らした。

「ヘマだけはしてくれるな。他人に足を引っ張られるのは御免だ」

 それだけ吐き捨ると、男は煙草と火薬の臭いを引きずりハンガーを横切った。この愛想の無さで、よく今まで生きてこれたものだ。アレク達が見守る中、男は一番奥に停まっていた型落ちのボルゾイに跨り、鋭いエンジン音と共に飛び出していった。

「レフ、今のは誰だったんだ?」

 次第に薄まりゆくエンジン音を見送りながら、アレクは気のない声で訊ねた。

「イワンつってな、実戦部隊の古参だよ。腕は確かなのに、戦闘服は着ないし、ボルゾイは乗り換えないし……偏屈で有名な人だから、まあ何言われても気にしなさんな」

 俺達のことも、クソミソだからな。先輩が肩をすくめると、皆が一斉に笑い出した。

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