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エッシャーの城>>学習>>7

 アレクの初日は、レフに叩き起こされるところから始まった。夕べに飲んだ酒のせいで頭が肩から落ちそうなほど重い。レフの持ってきたツナギを大急ぎで着こみ、坂を下ってエントランスホールへ。地面を蹴る度鈍い痛みが頭を突き上げ、頭蓋骨から脳が飛び出しそうになる。幸いアレクの部屋は坑道の深くにあり、ハンガーまで2、3分しかかからなかった。

「やあ、レフ君、寝坊かい?」

 ハンガーでは既に朝礼が始まっていたが、班長はレフの適当な言い訳をあっさりと認めてくれた。細面に丸眼鏡をかけた優男なだけに、怒鳴っているところを想像する方が難しい。他の二人の先輩達も笑って流してくれたおかげでそれ以上話がこじれることもなく、そのままレフの講釈が始まった。

「お前には、主にコイツのメンテを手伝ってもらう。我らが実戦部隊の主力だ。大事にしてくれよ」

 油じみた軍手が、ダークグレーのカウルを撫でた。昨日見せてもらった、西側の軍用バイク。ボロチャ通りで見かけた時、アレクには思いつきもしなかった。この怪物の面倒を、自ら見る羽目になろうとは。4メートル近い車体を間近にじっと見つめてから、アレクは静かに息を吸い込んだ。

「ああ。少しでも力になれるよう努力するよ……早速だけど、一度バラして見せてくれないか」

 とび色のタレ目が、隣りの車体に向いた。懸架された胴体からは既に前足が外され、送油管のジャックが黒ずんだオイルをしたたらせている。ボルゾイが放つ油の匂いは凄まじく、特に二日酔いには効果覿面だ。

「丁度今からそいつをメンテするところだ。そっちの棚にベンジンと雑巾があるから、取ってきてくれ」

 分かった。アレクは邪魔にならないよう、大回りでバイクをよけた。レフの指した棚には雑巾のかかった白いジェリ缶が乗っていて、青いラベルの上辺には小さく洗浄液と書かれている。油圧系をクリーニングして組みなおすのだろうか。ジェリ缶の中身は三割ほど減っており、足を動かすたびに手の中で弾んだ。

「これか?」

 ポリ製のジェリ缶を見て、レフはアレクを手招きした。

「おお、それそれ。こっち来て、前足から拭いていこうか」

 シートの上に横たわった前足を見て、アレクは小さく息をのんだ。肘で折りたたまれているというのに、まだ消火器程の大きさがある。レフはアレクの顔を見上げ、関節に渡された金属製のパイプをレンチで指した。

「ボルゾイっつーか、竜騎戦闘車全般が二輪と違うのはここだ。足を駆動するための油圧系統が付いてる。アレク君よう、もしかしたらの話だけど、建機をいじったことってあるかな?」

 アレクが電気屋であることは、レフにまでは伝わっていなかったようだ。機械屋ばかりの中で本当は具合が悪いのだが、頭の中に居座った二日酔いは容赦なく余計なセリフを追い出した。

「いや、主に配線や家電の修理をやってた。エンジンとか油圧に関しては、『知ってる』程度のものだな」 

 レフは僅かに目をそらしてから、黒ずんだ軍手でアレクの背中を強く叩いた。

「そっかー、ですよねー。そんな都合のいい話もないよな。まあ制御系統は勿論電気だからさ、安心しろって」

 大ざっぱな励ましに、小柄な方の先輩が苦笑いを浮かべている。口元に寄った皺が、なんだか妙に人懐っこい。

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