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エッシャーの城>>学習>>4

「あ、ああ。皆と一緒にいると、スゴイ楽しいよ」

 アレクがぎこちなく笑って見せると、レフはにやにやしながら冷やかした。

「ちょろいな~、アレク君は。でもお嬢に手を出すのは止めとけよ。お嬢はホントにおっかねえんだから」

 テンション上げて行こうぜぇ。レフはさらに酒を勧め、アレクは燃料入りのビールを殆ど一気飲みする格好になってしまった。レフがお代わりを二杯注文し、いつの間にか競争が始まっている。リイファとターニャも手拍子で馬鹿騒ぎに加わる中、酔いの回ったアレクを静かに値踏みする者がいた。火付きの悪いアレクを誘い込んだ、アグラーヤその人である。

「こちらが前菜となります。小皿に取り分けてお召し上がりください」

 程なくして前菜が届き、小皿に料理をとりわけながら質問攻めがまた始まった。職場の話、寮の話、ファッションの話。レフ達が食いついたのは市内に設けられたコートの話で、ここにはそういうものはあまりないらしい。

「やっぱり青空ってのはいいもんだよねぇ。たまには表を散歩したりもするけど、それも人目を気にしながらだし」

 消耗品の買い出しで街を訪れるのが、だから楽しみの一つなのだという。穴燕の巣が使われているというとろみがついたスープを味わいながら、レフは白い天井を眺めた。

「でも、ここにも外にはないものが色々あって新鮮だよ。何だっけ? この……」

 アレクはジョッキを掲げ、中に沈んでいるはずのコップを見つめた。ふつふつと舞い上がる光の粒が、見えないガラスの上を滑ってゆく。

「サブマリン? 驚くにはまだ早いよ。もっとすごいのもあるんだから」

 メニューを探すターニャの眼差しはテーブルの上を彷徨い、それから店の入り口に留まった。気怠いたれ目が見開かれたのは、良くないものが見えたからだろうか。

「ラーニャ、ラーニャってば」

 アレクから彼女の話を聞き出そうとしていたため、アグラーヤは脇を小突かれて僅かにむくれた。

「何? 何かあるなら言えって」

 だが、邪魔しないでとは続かない。顎をやった先には、角刈りの大男が立っていたのだ。

 

「なんだ、お前らもここに来てたのか」

 ニコライは平然とリィファに席を詰めさせ、苦笑いを浮かべたバトゥと並んで座った。

「ハァ? 何勝手に座ってんすか?」

 アグラーヤはテーブルに手をついて立ち上がり、目頭に皺を刻んだが、テロリストの首領が相手では子犬が喚いているのと変わらない。ニコライはちらりと娘を見上げ、顰め面で鼻を鳴らした。

「ここは俺の席だ。いつ来ようが勝手だろう……尤も、時々勝手にここで飲み食いしてる連中がいるらしいが」

 アグラーヤはあっさりと言い込められ、何も言い返せずにわざとらく舌打ちした。

「……ババアは?」

 二人には年寄りとの付き合いがあるのだろうか。凍り付いたレフ達をよそに、アレクはテーブルを眠たげな目で見渡した。

「さっき部屋に戻りましたよ。眠いからって」

 まあ許してあげてください。寂しがり屋なんです、親方は。バトゥが目配せすると、ニコライは口をへの字に曲げた。アグラーヤも乱暴に腰を下ろし、一応喧嘩は収まったようだ。

「前菜、お持ちしましょうか?」

 オイスターソース炒めを運んできたウェイターは伺いを立てたが、ニコライは気を遣い、続きの料理を増やすようにとだけ頼んだ。子供が親と暮らしているのは、どうにも都合が悪いらしい。押し黙る二人を見比べ、アレクは低い声で切り出した。

「ラーニャ、さっきの話なんだけどさ……」

 ノンナっていってさ。無邪気っていうか、子供っぽいヤツなんだ。アレクはぼそぼそと恋人の話を始めた。能天気でお人好し、いつもせわしなく怒ったり笑ったりして、一緒にいると退屈することがない。子ども扱いされたといってしょっちゅう拗ねる癖に、色気のないショートカットを決して改めようとしなかった。

「ちょ、それ可愛過ぎ」

 ぎこちなく凪いでいたテーブルに、小ぶりな笑い声が打ち寄せた。世話ばかり焼かせているようでも、ここぞというとき、ノンナは何かとアレクを助けてくれる。一息ついてホタテを箸で拾うと、アグラーヤが身を乗り出してアレクに囁いた。

「ねえねえ。その子と私、どっちの方が可愛い?」

 恋人の話をさせたのは、この一言のためだったのだろうか。アレクは少しだけ目を泳がせ、目の前のサブマリンを飲み干し、それから引きつった笑顔を見せた。

「美人という意味ではラーニャだよ……間違いなく」

 言ってしまった。アルコールと乾いた返事が、口の中を焼いている。アグラーヤは危うい笑みを浮かべるばかりで一言も返事をよこさず、歪んだ光を映した瞳は決してアレクを放さない。二人の様子に気付いたのは、隣に座るターニャだった。

「何、何? 何話してるの?」

 茶化そうとするターニャの唇を、アグラーヤは人差し指で縫い付けた。

「だーめ、これはアタシとアレクの秘密だもん」

 えー、あっやしー。二人の話し声は、妙に遠く聞こえる。せっかく戻った雰囲気だ。アグラーヤの機嫌をとるという判断は正しい。分かり切ったことなのに、酒臭い胸焼けは中々消えてくれなかった。

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