エッシャーの城>>学習>>2
またも臭いに耐えながら、アレクは静かに二人の後ろを歩いた。あの場ではお茶を濁したが、ニコライへの返事も考えておかねばなるまい。極右テロリストの下っ走りか、陰謀と戦う義勇兵か。ニコライ達にとっては、どちらも同じ意味なのだろう。彼らが爆弾を撒き散らしているのは、ひとえに党の陰謀なるものを打ち砕くためらしいから。
薄暗い通りの中、アレクの目は空しくカルラの面影を探している。事情に明るく、危険思想を持っておらず、なおかつ賢明な女。今相談できれば、どれだけ助かることか。そうして溜息をついているうちに、アレク達は店に着いてしまった。大理石の柱をあしらった白い店の前では、アグラーヤの友達だろうか、歳の近い女の子が二人並んで立っている。
「ゴメン、ジジイが煩くってさ」
代わりと云っちゃなんだけど、新入りを連れてきたぜ。レフは親指で肩越しにアレクを指し、アレクは額を押さえながら挨拶した。
「今朝がた街から来たアレクだ。宜しくな」
鼻と脳味噌の間には、まだ濁った酔いが渦巻いている。第一印象は、爽やかとはいかないだろう。
「髪が長いのがターニャ、短いのがリイファね」
アグラーヤが紹介してくれたが、リイファはアレクを無視してターニャに話しかけた。
「なんか暗いね、ターニャ」
ターニャはむくれ気味の瞼を眠たげにしばたかせた。前髪を右側に流してむき出しにした広い額は、赤い灯りのせいで火照って見える。
「うん、私は……ナシかな」
アレクはいきなり酷評を頂いてしまった。これでは先が思いやられる。レフは首を傾げ、顎に手を当ててアレクの顔を覗き込んだ。
「そういや通りに出てから妙にグロッキーだな。なんだ? まさかあの程度の喧嘩にビビったわけじゃないだろ?」
臭いひねくれたにやけ顔に、アレクはため息を返した。
「こういうと失礼なんだけど、臭いに酔ったみたいだ……」
躊躇いがちに打ち明けると、レフは意外にもすんなり膝を打った。
「ああ、たまにいるな、臭いが駄目な奴。よく分かんないけど、都会人を惑わせる香しさらしいね、我らがアジートは」
あー、綺麗だもんね、街。レフの皮肉にアグラーヤは相槌を打ち、それからアレクに指を突きつけた。やはり失言だったようだ。
「でも、暮らしたいと思ったことはないから。あんなつまんないトコ」
細く剃り上げた眉が引きつり、灰色の瞳は看板の電飾を映して鋭い輝きを放っている。アレクは両手を上げて降参し、アグラーヤに尋ねかけた。
「悪かった。さっきのあくまで……そう、第一印象なんだ。だから後で教えてくれないか? 普段みんながどこで遊んでるのか、とか」
得意分野の話を振られて悪い気のする者などそうはいない。遊び場の話は、この場合正に大当たりだった。
「任せなさい。普段と言わず、アジート中の楽しい所、教えたげるよ」
お昼を楽しみながらね。ニコライに見せたのと同じ笑みを差し向けると、アグラーヤは店の門をくぐった。
「中華は久しぶりだなぁ。ターニャ達は何頼むか決めてる?」
おしゃべりは既にメニューに向かっているが、吐き気で満たされた空きっ腹に納まるのは、せいぜい杏仁豆腐程度か、シャーベットくらいの物だろう。アレクは大きく息を吸って迫りくる脂の臭いに身構えた。




