エッシャーの城>>黎明>>4
「ありがとう。でも、どっちも女の子としては複雑なところね」
エカチェリーナは口元を隠して軽く笑い、それからホールを歩いていたつなぎの男に手を振った。
「レフ! ハンガーを開けてくれない? 工具が使いたいんだけど」
男はこちらに振り向き、工具や金具のぶつかり合う小忙しい音を立てながら3人に駆け寄った。
「あれ? カティ様じゃないすか! こいつぁお早いお帰りで」
男はアレクに気付くと、強烈なタレ目でアレクを検めた。これは挨拶だけで終わりそうにない。
「……ということは、コイツが噂の新人ちゃん? いいぜぇ、好きなだけボルゾイ共を見ていきな」
レフが肩越しにハンガーを指すと、アレクは苦笑してみせた。
「いいのかい? 必ず見学に行くよ。でも、その前にトイレに案内してくれないかな? そうすれば、ゆっくり話が聞けるだろ?」
ああ、それなら。答えようとしたレフを、エカチェリーナは遮った。
「それにしたって、手錠は斬らなきゃね。それとも、レフに介助してもらう?」
二人は渋い顔を見合わせ、それからハンガーに向かって走り出した。ホールを横切るわけではないが、ハンガーまではかなりある。
「お前、なんでそんなもん着けてんだよ。途中で暴れたのか?」
レフは振り返らずに軽口をたたいた。レフの笑い方はユーゴに似て、どこか風通しがよいところがある。
「国安にかけられたんだよ。鍵があったら外せるじゃないか」
あがった息を吸い戻し、アレクはレフに言い返した。
「道理で硬そうなわけだ」
ハッチの前に辿り着くと、レフはスイッチのカバーについた鍵を解き、大振りな緑のボタンを押した。浅くストライプが彫り込まれたダークグレーの鉄板が奥に倒れながら浮き上がり、ざらざらしたアラートと共に奥へ引き込まれてゆく。中に並んだ車両を目にして、アレクは少しだけ唾を呑みこんだ。
「どうよ、ウチの装備は。軍の払下げや横流し品じゃないぜ。西側の最新モデルだ」
軍用バイクだ。この中に、病棟の上端を吹き飛ばした車両がいる。アレクは僅かにたじろぎ、艶めかしく波打つダークグレーの車体を見つめた。ミサイルこそ背負っていないもののライトの間からは6門式の機関砲が突き出し、この車両が兵器であることを物語っている。
「来いよ、そいつをさっさと切っちまおうぜ」
作業台の隣で、レフが手招きした。台の上に固定された機械からは黒い刃が覗いている。恐らくは超音波カッターだろう。
「ああ、宜しく頼む」
アレクは上ずった返事を返し、噛み付かれぬようにバイクを大きくよけて歩いた。この鉄の猟犬は本物のボルゾイより3倍は大きな体を持っている。四肢を折り畳み眠りについてはいても、その凄みが失われることはない。
「このポーズ、結構しんどいな。なんか腕が吊りそうだ」
アレクが後ろに手を突き出し、台の上に手錠を乗せると、レフはカッターのスイッチを入れ、アレクの手錠に刃を入れた。カッターの振動は手錠に伝わり、部品がぶつかり合う硬い音がハンガーに広がってゆく。合金を切り裂くカッターの気配にアレクは軽く唇を結んだが、それもつかの間、手錠の鍵に刃が入るとあっさりとロックが外れ、下半分のパーツが台の上に転がった。
「これで良し。トイレは外に出て右行ったところな。まあ見りゃわかるだろう」
助かった。アレクはハンガーを飛び出し、そのままトイレに駆けこんだ。余程小便が溜まっていたのだろう。一旦出始めるとなかなか小便の勢いは収まらず、終わった後も膀胱がしくしくと痛んだ。