エッシャーの城>>黎明>>3
アレク達を乗せたワゴンは尾根を乗り越え道沿いに山を下りた後、小さな湖の脇を抜けて寂れた町に辿り着いた。道沿いに打ちひしがれた廃屋が建ち並び、交差点には錆びついた信号機が頭を垂れているものの、生きた人間の匂いは全くしない。ワゴンがゆるやかな坂を登るにつれて家々は藪の奥に身を隠すようになり、終いに廃屋が目につかなくなった頃、俄かに藪が開けアレク達の前に大きな空き地が姿を現した。
炭鉱だ。コンクリートを打った暗い入口に、錆びついたレールが呑みこまれている。レールのもう一方は苔むした赤レンガの倉庫に続いており、バトゥはそちらにハンドルを切った。小銃を下げた見張りは二人の顔を認めると受け付けに声をかけ、黒光りする鉄の扉が重い音を引きずってゆっくりと開いた。
出払っているのか、倉庫の中には他の車両が見当たらない。アレクが首をかしげていると、俄かにワゴンが大きく傾いた。
「おいおい、床が抜けたぞ!」
アレクの叫びを聞いて、バトゥは噛み殺した笑い声を立てた。
「絶叫マシンみたいだろ? 本物の車庫はこの下にあるんだ」
アレク達の背後で、扉の閉まる重たい音がした。倉庫の床がシーソーになっていたらしい。ワゴンは軽くブレーキをかけながら不愛想なナトリウムランプの光をくぐり、やがて高い天井のホールに出た。冷たいコンクリートに覆われた広間には高速道路の橋げたを思わせる直径数メートルの柱が立ち並び、奥には大きなトラックが何台も止まっている。バトゥは大回りでトラックをよけ、ホールの外周に儲けられた駐車場にワゴンを停めた。
「見た目と違って、結構広いでしょ? ここに住んでる人だけでも千人くらいいるの」
エカチェリーナはワゴンから降りると後ろのドアを開き、降りようとするアレクの身体を支えてくれた。軍隊にいたというのは紛れもない事実のようで、エカチェリーナの指はアレクの脇に強く食い込み、その気になれば丸ごと持ち上げられてしまいそうだ。
「どうも。あんた、凄い力だな」
秘密基地の地下ホール、あるいは隠しロータリーに、靴の底が床につく酸っぱい音が小さく響いた。黄色く染まったホールの中は、照明の熱がこもっているせいか地下だというのにじわりと熱い。
「力だけじゃないぜ。護送車を狙撃したのも姐さんだ。俺は下で誘導棒振ってただけ」
バトゥはリアハッチを開けてケースを取り出し、エカチェリーナに手渡した。能天気なのはカモフラージュか、それとも冷徹さの副産物か。アレクは聞こうとしかけて、ふと思いとどまった。そういえば、昨夜から一度もトイレに行っていない。