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エッシャーの城>>発火>>2

 翌朝はテロの話で持ち切りだった。大学病院が狙われたの、軍用機が横流しされたの、夜が明けたらレジスタンスの犯行声明がそこかしこに貼ってあったのと雑多な噂が飛び交っているが、ユーゴ最大の懸案事項はそんなことではないらしい。

「昨日は早く上がれると思ったのに、とんだとばっちりだぜ。また踊り損ねちまった」

 ユーゴが管を巻くのを聞いて、仲間たちは一斉に笑い出した。

「そこ? そこなの? 事故に巻き込まれたって聞いたから心配したけど、アンタやっぱ病院とは縁がないわ」

 パルミは手の甲で涙をぬぐい、フォークでサラダをつついた。今日の日替わりセットはクロワッサン、オムレツ、コンソメスープ、サラダにライチ。目撃談と引き換えに、アレク達はライチを一つおまけしてもらえた。

「クラブはまた今度みんなで行こう。よかったじゃない、二人とも無事だったんだし」

 ノンナが切ったオムレツから、黄色がかった肉汁が溢れ出し、付け合わせのレタスに沁み込んだ。

「それよか、水着が先でしょ? 新しい水着、見に行きたい。今度の土曜日とか、だめかな?」

 オムレツで膨らんだ柔らかな頬。栗色の眼だけが、アレクのライチを狙っている。ライチの固い皮を剥きながら、アレクはノンナに聞き返した。

「海に行く話か。結局どうなったんだ? お前の友達」

 ライチから果汁がほとばしり、しとやかな香りがテーブルの上に広がった。

「どうもこうも、イポリートと二人でヤパン行っちゃったよ。ナージャの奴! あの裏切り者め!」

 裏切り者などと物騒なことを言っているが、近場で済ませることになったのはそもそもノンナが前倒しで有休を使ってしまったせいだ。アレクはライチを押し込んで、気色ばんだノンナの口を塞いだ。

「いいよね、ヤパン。せっかく併合されたんだし、私も行ってみたかったな。本物のスシバーとか、カブキとかさ」

 パルミは青い天井を見上げ、コップの縁を指でなぞった。

「はいそこ、もっと明るく! だから、だからだよ! ビーチはナホトカで妥協してやる代わり、水着に配給券をつぎ込んでやろうって、そういう話だよ!」

 ノンナが拳を掲げると、ミーシャが目を細めて冷ややかに水を差した。

「俺は別にいいんだけどな。去年と同じでも」

 もっともらしい意見だが、パルミを頷かせるには至らない。

「でもほら、水着だけじゃなくてさ、エアマットとかないとつまんないよ」

 このままでは何時間相槌を打ち続けることができるか、ショッピングモールで我慢比べをする羽目になる。ミーシャのささやかな抵抗に、アレクは迷わず加勢した。

「去年はみんなノリノリでシャチのバルーン買ったけど、膨らまして3時間しか持たなかったじゃん、買うだけ損だって」

 アレクの額に浮いた汗は消毒された蛍光灯の光に輝き、ノンナはそれを眺めながら甘ったるい笑みを浮かべた。

「ふーん、じゃあ、何で埋め合わせしてもらおうかなぁ……そうだ、去年は誕生日プレゼントが安物のスカーフだったから、今年は石付きってのはどう?」

 アレクは歯を食いしばり辛うじて笑って見せたが、スカーフの話で首を締め上げられてはぐうの音も出ない。ノンナとパルミはそのまま勢いで強行採決を行い、ところどころペンキの禿げた青空を背景に、五本の手が高々と掲げられた。


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