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モナドの鏡>>憔悴>>7

 思いがけない懺悔に、アレクは慌ててカルラを庇った。

「そんな、そりゃ、俺にだけ調べさせてたら、セコいと思わないでもないですけど……」

 一人で戦い続けてきたのはカルラの方だ。アレクが街で幸せに暮らしていた頃から、ずっと。


 ずっと。


 冷たい予感がゆっくりと、つむじから伝い降りてくる。ずっと城を探索してきたカルラが、無事でいられるはずがない。症例は少ないどころか、たった一つしかありえない。

「カルラ様の具合が悪くなるのも、そのせいだったんですね」

 鈍らな指摘が、カルラの頭をきつく引っ張り上げた。笑顔が間に合わず、置き去りにされた空白。

「ありがとう。でも、大丈夫です。しっかりと休憩をとって、無理をしなければ」

 アレクも極力扉に入る時間を短くし、その後は疲れが抜け切るまで休むようにと、カルラは念を押した。脳への負担を軽くすることが最優先だと。

「大丈夫って……どれくらい進行してるんですか? カルラ様の症状」

 アレクがじっと見つめても、黒い眼差しは浮かんだまま、僅かにも揺るがない。

「現段階で、約六割と言ったところです」

 半分になると言われたのは三か月後のことだから、アレクに比べてカルラの方が余程上手くやりくりしている。六割という数字には、しかし、それを忘れさせるだけの重みがあった。

「そんな、俺の方がよっぽどマシじゃないですか」

 粟立つアレクを、カルラは精一杯の真顔で宥めた。

「ええ、ですからアレクさんも、今すぐどうなるということはありません」

 石造りの城壁が白衣と同じようにして、おびただしい西日を放ち、輪郭を掻き消そうとする。アレクは立ち上がり、カルラの肩を揺さぶった。

「俺のことじゃないでしょ! 心配して下さいよ、少しは――」

 影の中アレクを見上げ、ゆらゆらと輝く灯。

「――俺は絶対、嫌ですからね」

 はい。小さく、ぐずついた答えを零したきり、唇をかみしめて一言も漏らさない。やがてカルラは立ち上がると、アレクを押しのけ、歩き出した。中庭の入り口。自分の扉に帰るでもなく、宮殿に向かうでもなく、階段の広間に向かうようだ。

「付いてきてください。症状の進行を自分で確かめる方法があります」

 広間に出ると、カルラは入り口の上の階段を上り、回廊を歩き始めた。切石の肌を打つ、固いパンプスと冷たい金具の音。燭台の灯が温い風に揺れ、二人の影が時折手摺の上に瞬いた。以前は毎晩通っていたが、アレクがこちらに足を運ばなくなって久しい。覚えのない肌寒さに首筋が縮んだ。

「そんな場所があるんですか?」

 今度は捻じれた渡り廊下を通り、反り返った壁を上ってゆく。右手に見える中庭への出口と、正面に待ち構える両開きの扉。突き当りを右に曲がった階段の先、チェッカーの広間の入り口へと、自ずと目が引き寄せられてしまう。

「アレクさんも良く知っている場所ですよ」

 板金を鋲で打ち付けた武骨な木戸を、カルラは肩でゆっくりと押した。薄闇を裁ち、吹き抜けを遮る温かな光。外だ。頑固な扉はアレクの加勢でいかめしい軋みを上げ、渋々と動き出した。

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