モナドの鏡>>憔悴>>1
黴臭い闇の中で目を覚まし、イポリートは硬いベッドから跳ね起きた。撃たれたと思ったのは気のせいだったのか。拷問前に殺すのは如何にも愚策だが、自分が感じた死の瞬間は到底偽物と思えるようなものではなかった。なかった筈なのに、頭どころか、胸にも全く痛みを感じない。拘束されているどころか、ストレッチャーのマジックテープさえなく、ここが一体どこなのかも、どこまでが夢だったのかさえ見当が付かなくなっている。
デジタル時計の液晶が放つ微かな灯りを頼りに、イポリートは照明のスイッチを見つけた。部屋の中には監視カメラがなく、扉にはドアノブまで付いている。裸足のまま靴を履き、試しにつまみを回してみると、解錠された。心当たりがない場所だが、連れて来たのは敵ではないということか。何にせよ、会えばわかることだ。思いきって扉を開けると、そこは黄色いランプが灯る薄暗いトンネルだった。
「アレクくぅ~~ん。女の子に恥かかせちゃいかんぜぇ~~」
軽薄そうな工員。振り返ってみても、それらしい男はいない。
「割とマジでヤバイよぉ? 他の女ならともかくさぁ……まあ、俺が代わりに命乞いしといてあげたけど」
呼びかけられているのが自分だと分かり、イポリートは鼻を鳴らした。
「君、相手を見てものを言いたまえ」
工員は目を剥き、蒼い顔で訴え出した。
「ちょー、ちょー。分かってないのはお前さんの方だって」
曰く、手柄に間違いはないが、増長は命取りである。謙虚さと従順さこそが私の平穏を守る術であり、また男児たるもの据え膳から逃げる以上の不名誉はないものと心得よ。
「だから俺は言ってやったよ。『お嬢、それはあれだよ。アレク君は、真の乙女だったんだ! 街の連中が繁殖管理されてるってのは、都市伝説じゃなかったんだよ!』ってな……」
軽口が塞がるまで、イポリートは男を睨みつけた。




