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エッシャーの城>>報酬>>7

「お生憎様。これから回らなきゃならないところが、三つも四つも残っててね。コーヒーブレイクする暇もないのさ」

 私にも、あんたにもね。ニコライと同じ、血なまぐさい笑みを浮かべ、ダリアはイポリートに銃を突きつけた。銃口の冷たさは、強張った背筋に響く。

「だからといって、横着には感心せんな。ここで私を撃てば、彼の行方を知る手がかりは完全に失われる」

 彼だぁ? ダリアがこめかみを小突くと、イポリートはなけなしの胆力を振り絞った。

「君達が最も恐れている男だ。彼は必ず計画を実現し、この世界を作り変える。君達に止める術はない」

 窓の向うに、イポリートは笑いかけた。ダリアの似姿も笑っているが、そこに映っているのは安い蔑みだ。

「ハン、そんなハッタリが通じるもんかい! あのジジイは死んだんだ。今のアンタと同じように、偉そうに座ったまま」

 まるでその場を見てきたような口ぶりだ。ダリアの確信は、一体どこから来ているのだろうか。鏡像に遮られて、闇夜の奥は見通せない。

「その彼が、生きているとしたら?」

 イポリートが淡々と問いかけると、ダリアは今度こそ大声を上げて笑った。罅割れた金管の音が、ガラスの上のイポリートを震わせる。上辺に映ったものを信じ切って、その奥にを見ようとしない、キリールの愚かな猟犬。これ以上付き合ってやる義理はない。

「私が! コイツで! 床に脳味噌をぶちまけてやったんだよ! 丁度今から再現してやるところさ!」

 ダリアが拳銃を握りしめたその時、雲間から月が現れ、蒼い光の上に人影を切り抜いた。

「ユーリ、撃て」

 イポリートが命じると、音を立ててダリアの鏡像が砕け散った。月夜に広がる光の飛沫と、慇懃なユーリの微笑み。次善の策とはいえ、全てが手筈通りだ。余りに容易く事が運んだため、イポリートが気付くまでに、ほんの僅かな間があった。熱い。左肩に深々と、熱が突き刺さっている。

「おめでたい男だね。向うに味方がいるとでも思ったかい?」

 ガラス片を踏み砕きながら、もはや場違いな革靴がリビングに上がって来た。体中の熱が、重たい銃創から零れ落ちてゆく。リンネルのシャツに広がり、白熱光を受けて輝く、黄昏の緋色。不意に告げられた死は、今や疎まし気にアレクを見下ろしている。一体何の手違いで、この場面が筋書きに加えられたというのだ。イポリートは不敵な笑みで慄きを覆い隠した。

「……道理で、何の騒ぎも起きないわけだ」

 アレクが声を絞り出すと、ダリアは月灯りに拳銃をかざした。

「サプレッサー、付いてないだろ?」

 アタシは一発も撃っちゃいないのさ。部外者を無視して、イポリートは裏切り者を睨み付けた。

「図ったな、ユーリ……」

 口にして初めて、イポリートは脚本家の意図を理解した。裏切ったのはユーリではない。彼だ。危険視された実験をオハで密かに再現させ、逃亡中に粛清される首謀者。それがイポリートに配された、この舞台での最後の役だった。

 双眸に灯っていた憎しみが燃え尽き、血の気が失せるのを確かめてから、ユーリは微かに嗤った。伝えるべきことは、これ以上何もない。ユーリが再び構えた銃を、アレクは虚ろな瞳で見つめた。昏い銃声。形のない影の中をアレクはどこまでも落ちていった。

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