少女の正体(4)
ハルキは病室兼自室に戻り、ベッドに横になっている。
勝手な思い込みではあった。世界を革新するような発明をする人物は、歳の行ったおっさんかおばさんであろう、という。
リゼをはじめて見たとき、その鮮やかな銀髪に目を奪われた。
美しいブルーの瞳は深く鮮やかで、一瞬の視線の交錯であってもその輝きが記憶に焼き付いている。きっと、ご両親が容姿にこだわって遺伝子を改変したんだろう。そう思っていた。
リゼが十六歳だと聞いたとき、たしかに違和感はあった。
あったが、自然発生する天才児だって当然存在するし、その方がまだしも身近だ。だから、きっと『ただの天才児』なのだろうと思っていた。医師免許を持つにしては若すぎる気はしていたものの、だ。
撰修人種。
通称『手編み』は、世界でも数えられるほどしか存在しないと言われている。国連で許可された数しか『製造』されず、通常なら政府機関の管理下に置かれて、表舞台に出てくることはほとんどない。
ゆえに、初対面の相手を手編みだと真っ先に疑うことは、どこかの国の王様だと信じて接するようなものだった。まず、そんな風には考えない。
(……さすがに少し驚きはしたな)
リゼの「人間じゃない」という言葉を思い出して、複雑な気分になる。
泣き出しそうで、でも涙を流すことはなかったリゼ。ハルキは、ただ「そうだったのか」と戸惑いながら返答するのが精一杯だった。
たしかに、その人間離れした特質から、手編みには他にも様々な俗称や蔑称がある。
青色人種。青い薔薇が自然界には存在しないことから。
貴族。成功を確約された彼らの生まれを揶揄したもの。
灰色人種。どの既存の人種にも属さず特定の色を持たないため。
濃縮遺伝子。才能が詰まった遺伝情報へのやっかみ。
フラスコの中の小人。その出自を古い伝承になぞらえて。
そして最たる蔑称が———宇宙人。理由は言うまでもない。
(リゼが宇宙人だって? そんなことあるもんか)
目の前にいるリゼを宇宙人だなんて感じたりはしなかった。少し変わってはいても、ごく普通の女の子に見えたから。
あまりにも多くのことを知った。
ミサキの力は、手編みが生み出したオーバーテクノロジーで、リゼも手編みであること。そして、それゆえに命を狙われたであろうこと。
それらは、これまでの人生観を揺るがすには十分すぎる事実として胸の内に刻まれた。
もう、誓約書に署名することに躊躇いはなくなっていた。
「はい、署名ありがとー。腕時計型の端末ならBMIもついてなくてナノマシンと干渉しないし、渡しておくわー。自由にお友だちと連絡を取っても大丈夫よー。接続場所は他の病院だって偽装されてるから言動には気をつけてねー。
もちろん、誓約書の内容は……守ってねー?」
ホノカから渡された腕時計型端末を見る。自分のアカウントでログイン済みなので友人との連絡は自由に取れるが、そんな気にはなれなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになっていたし———間違いなく盗聴されている。そんな予感がした。
そして、アーニャからはいつもの笑顔で『お願い』をされた。
「試験機を投与したことは、このラボ内であってもご内密にお願いいたします。発覚すれば、ハルキさんにとっても望ましくない展開になるでしょう。
それから、最後にマスターがお話ししたことも……内緒ですよ?」
グリーフ・ブレイカーは沈黙を保っている。
今でも対話モードは有効になったままだ。下手に設定を変更するよりそのままの方が安定する、というリゼの判断だった。何か『話しかけられた』ら、すぐに共有するように指示されていた。
それ以外にも、生活面でいくつかの変化があった。
病棟ではなく、ラボ側の共用部を来客として利用できるようになった。今まで関係者立入禁止と言われていた扉の向こう側だ。
「ハルキ、しばらく、外出禁止。ずっと病棟、しんどい、かも。ゲストパス、発行する。約束守ってくれるなら、大丈夫」
これまで過ごしていたのは、狭い病棟エリアのさらにその一部のみで、研究所の敷地は数倍の面積があることが判明した。郊外の大学キャンパスくらいの広さがある。しっかりしたレストランやバーもあるし、アミューズメントエリアもあった。大きなグラウンドもある。
研究員が病棟側の施設を誰も使わないのは、その必要がないからだ。あれは、あくまで入院患者———もしくは被検体専用のものなのだろう。
とにかく、どっと疲れた。
ふいに、リゼの泣き出しそうな表情がよみがえる。
『リゼ、人間じゃない』
眠ろう。




