後編
床の描写です。
だが、ユウトはめげなかった。
すげない態度のハオスがダメなら、身体に聞くしかない、と思ったのだ。
そこでユウトは床を撫でてみた。
「ん……」
「ハオス、床をなめてもいい?」
「は? 何を、」
とっさに拒絶されなかったのをいいことに、ユウトは身体をかがめ、舌を床に下ろす。
ハオスの床は冷たくて固くて、平たんだった。
最初は乾いていた表面も、ゆっくりとユウトの唾液によって湿っていく。(床の描写です)
液体の滴る音がユウトの耳に聞こえた。
この音はハオスにも届いているのだろうかと、ユウトが顔を上げると、そこには顔を真っ赤にする床の持ち主の姿があって。
一瞬、視線が交わる。
ユウトはハオスの瞳にトキメキを覚えると同時に、強い衝撃を受け壁にぶつかった。
「っひ、へ、変態め!」
何故か声をあげたのはハオスの方で。
ハオスはさっきよりも赤く染まった頬で、懸命にもユウトを罵った。
しかし、ユウトは罵られたことよりもハオスを心配する。
「だ、大丈夫か? 今当たっただろ!?」
と、自分のぶつかった壁をなでた。
ハオスの制止も空しく、ハオスは大きく仰け反った。
ハオスは肩で大きく息をしている。
当然、その呼吸音は音としては聞こえないのだが、はあはあという荒い声がうつむいたハオスから聞こえてくる。
「とっ、とにかくそこから離れろ」
「……じゃあ他の壁を触る」
「壁ならどこでもいいのか、おまえ!」
「いや、だってここはダメなんだろ?」
ユウトはぐるりと部屋を囲う壁を触れていく。
触った感じ、普通の壁だ。
コンクリートのような冷たさは感じない程度に、断熱材がある。
手触りがいいように、ピンクがかった紫色の壁紙が張られている。
このピンクはハオスのイメージにはないが、たぶん、部屋の趣旨からしてそういうことを促すためだろう。
中央から動く気のないハオスは、さっきからうずくまったり、笑いをこらえたり、また赤くなったりと忙しい。
一周したユウトは、ふむと息をついた。
「やっと満足したか?」
「ごめん、今考え中だからちょっと待って」
「え。ああ、うん。構わないが」
ハオスに会ったのは今日だ。部屋に入ったのは今日で二度目だ。
ハオスが喋ったのは今日が初めてだ。
そこから導き出される答えは――。
「人の身体を得たから?」
「なんだよ」
「つまり……」
床は×××で、ぶつかった壁は×××で、さっき赤くなった壁は×××か。
ハオスは部屋そのもので、部屋そのものはハオス。
真理に気が付いたユウトは立ち上がって全裸になった。
ハオスが目を剥いているのが見える。
「時にハオス。聞きたいことがある」
「おまえそれ……いいや。なんだ。言ってみろ」
ハオスの視線がユウトの下半身をさまよい、すぐに逸らされた。
ユウトは興奮しながらも冷静に聞いた。
「今までセックスした連中は、どこでセックスした?」
「そりゃああちこちで、まあ、ベッドが多かったかな」
「では、ベッドに行こう」
「は?」
「おれはハオスと致します。ベッドに行きましょう」
丁寧な言葉で説明してみるユウト。
だが、ハオスの表情は困惑に近い。
何かを迷っているような、何を馬鹿なと笑ってごまかそうとしているような。
これはいけない、とユウトは判断する。
ハオスの気分もそちらよりにしなくては! と、全裸のまま、さっきぶつかった壁に近寄った。
ハオスが慌てているようだが、どうせそこからは動けまい。
そうか、動けないからベッドに行けないのか!
じゃあ、高めたあとは床でするしかないな。床でするなら床も舐めれるからちょうどいい。
「ハオス、好きだ。おれは興奮している」
「そ、それは見れば分かる」
ぶつかった壁と赤くなった壁は近い。
その両方をなでていくと、ハオスは冷静な表情から一変、赤みを取り戻す。
言葉がぶつ切りになっていく。途切れ途切れの言葉が意味をなさなくなっていく。
もどかしいような、まるで泣いてしまいそうな、そんな声を聞いたならば。
ユウトは猛った気分そのままに、ハオスを押し倒した。
ハオスの潤んだ瞳を合図に、ハオスとユウトは一体となった。
【あとは三人でごゆっくりお楽しみください】
※三人……ハオスとユウトとこれを見ているあなた
色々が済んで。
そういう部屋だから、掃除器具もバスルームもトイレも完備されていたのが良かった。
それで、なんとか元の服装を身に付けた二人は、あれほど情熱的に繋がったとは思えぬほど険悪なムードで向き合っていた。
「セックスしたんだ、早く出ていけ!」
「そんなこと言って! おれ以外の客が来てるとか言うなよ!?」
「来てたとしてもオレにはどうしようもないって言ってるだろ! 客がいなくなるまでをサポートするのがこの部屋だ」
今まで人の姿を持たなかったハオスが、どう客人をサポートするのか。
それは、客人が欲しいと思ったものを、それとなく目に付く場所に置いてみたり、明らかに何かありそうな隠し扉に誘導したりすることで、実現する。
あるいは、客人が欲しいと思ったムードを、窓に映る映像を変えたり、照明の調整をしたりすることで、反映する。
それは人の形を取ることができるようになった今でも同じだ。
この部屋は生物ではない。
この部屋に居ていい生き物は、客人と客人の二人だけである。
「ハオス……分かった。今日は出ていくよ」
「ユウト!? 待っ」
ユウトはハオスの方を見ずに帰って行った。
ユウトの居なくなった部屋は暗く、もうハオスはいなかった。
翌日のことである。
懲りずに、「セックスしないと出られない部屋」に一人でやってきたユウトは、当然一人でドアをくぐった。
しかし、彼を待っていたのはいつもの部屋の中央で座るハオスではなく、衝撃。
それからわずかに時間が経って、ユウトは気が付いた。
自分にぶつかってきたものが、大好きなハオスであることに気が付いたのだ。
ハオスは顔を赤らめながらも、ユウトを見上げ。
「ユウト……怒ってるか?」
とか細い声で聞いた。
ユウトは興奮した。
今日こそベッドに行こうと移動しかけたその二人を、止めた者がいた。
褐色の肌と黒い髪をした、日本ではありえないほどの美形の男だ。
ユウトはすわ恋敵かと目を吊り上げたが、完全に敵意を向ける前に愛しいハオスの声が聞こえた。
「馬鹿! その方はオレを造った神様だ。あんまり失礼なことをするんじゃない」
「えっそうなの」
「昨日も君たちの様子を見ていたけれど、まさか身体を与えたその日に性交渉に至るとは考えていなかった。そのあと喧嘩別れするのも想定外だった」
喧嘩別れ、のあたりでハオスが申し訳なさそうにうつむいたが、まだ自分がユウトにくっついたままであると気が付いて、ぱっと離れる。
当然、顔は赤い。
ユウトはトキメキを覚えて心臓を抑えた。
「それでだ。おもしろ……可哀想だったから、彼には動く自由を与えたよ。この部屋に入る権利も君以外は消滅した。これでハオスは永遠に君だけのものだよ」
「それって……!」
「では、よろしくやりなさい。これからもずっと末永く私を楽しませておくれ」
それだけ言うと、神はいなくなり、部屋の中にはユウトの気配だけが満ちた。
ハオスの気配は相変わらずないままだけれど、それでいい。
この部屋はハオスそのものなのだから、ユウトは愛しい人に包まれているも同然だった。
それから。
どちらともなくキスをして、二人はベッドに向かった。
そこでどのようなセックスをしたかは……みなさんのご想像の通りだ。
活動報告にあとがき的裏話あり。
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