【花魁淵(おいらんぶち)】
この物語はフィクションです。
登場する人物・施設等は全て架空のもので、実存するものとは何ら関係ありません。
実際の運転は、マナーを守り安全運転を心掛けましょう。
【花魁淵】
今更説明の必要があるとも思えないが、そこは関東では有名な心霊スポットである。
奥多摩から国道411号を山梨方面へ暫く走ると、谷側に車数台分の駐車スペースがあり、
観光協会の案内板や、怪しい宗教団体が建立したと噂される慰霊碑が建っている。
その奥には、淵に張り出した展望台があり、下には滝が流れている。
武田家滅亡の折、武田家の隠し金山と言われたこの辺りの金山も閉山となった。
この時、金山の秘密が漏れることを恐れて、たくさん居た遊女を柳沢川の上に吊った
宴台の上で舞わせ、舞っている間に綱を切って宴台もろとも遊女たちを淵に沈めた…。
そんなことが案内板や慰霊碑に書かれていたと記憶している。
ある晩、走り屋気取りの連中が肝試しに行った時の話だ。
国道16号を北上し、八王子から桧原村方面へと走り、国道411号へ出る。
ご機嫌なワインディングを楽しんだあと、奥多摩湖脇の駐車場で誰かが言い出した。
「なぁ、花魁淵って知ってるか?」
「なんだそれ、新手のソープランドか」
「バーカ、心霊スポットだよ、確かここから近いハズなんだけど」
「何だよ、行くってんじゃねぇだろな」
こういう話に敏感なケンヂが、冗談はよせとばかりに口を挟む。
「ありゃ、お前ビビってんじゃねぇよ」
すかさず、アツオが茶化した。
エネルギーを持て余している二十歳そこそこの若者達だ、怖いもの見たさと、生産性
のない冒険心とが混ざり合い、心のブレーキはまったく効かなかった。
ヘビのようにクネった国道411号を西へ、道は次第に細くなり、外灯もなくなった。
ヘッドライトを消して車から降りると、暗闇に目が慣れるまで暫くかかった。
虚勢を張るとはこのことだと言わんばかりに、みな声を張って話している。
喧しい連中の前に、不気味な慰霊碑が建っていた。
梅雨の合間、なんとか雨は降らずにいたが、湿った空気が身体に纏わりつく夜だった。
分厚い雲のせいで、月はおろか星さえも見えないハズなのに、彼等の頭上だけ、本当に
彼等の頭上だけ雲が取れ、月が現れた。
まるで何かに導かれるように、その月明かりを頼りに、淵へ張り出した展望台へと歩く。
「お、押すんじゃねぇーよ」
「う、うるせぇな、早く歩けよ」
「コケっちまうだろが、押すなよ!」
ついに、真っ暗闇の展望台へ足を踏み入れた。
その途端、ヒュン、バチバチ、バラバラッと無数の何かが空から落ちてきた。
「うわっー、なんだ」
みなパニックして、一目散に今来た道を逃げ戻る。
心臓が口から飛び出そうな勢いだ。
「呪いだ、祟りだ」と口をパクパクさせていた。
実は最後尾を歩いていたケンヂが、小指の爪ほどの大きさの小石を数個隠し持っていて、
頃合いを見て、頭上に投げ放った悪戯だった。
さっき茶化された仕返しだった。
きっと、「それみろ、お前等だってビビってんじゃないか」と言いたかったのだろうが、
みな本気で怒っていて、ケンヂも恐縮してしまった。
それにしても常識知らずの大馬鹿野郎共だ。
今でも携帯電話が圏外になるような僻地に、それも真夜中に行くなんて。
正直、何かに取り憑かれても不思議ではない。
元々霊感が強かったケンヂは、それからというもの、怪奇現象に悩まされ続けた。
真夜中、寝苦しくて目を醒ますと、金縛りで身体が動かない。
そこまではよくある話しだが、彼の場合はそれでは済まされなかった。
布団の上、足元に誰かが立っている感覚がある。
そしてそれは、ゆっくりと頭の方へと歩いてくるのだ。
(やめろ、来るな)頭で思うだけで、声が出ない。
胸元まで来ると、それはケンヂに覆いかぶさった。
(ぐわっー、く苦しい)
そのまま気を失い、気が付くと朝になっている。
また、連中とツルんで走りに出かけても、絶対に人がいるハズのない場所なのに、
ケンヂだけが、急に進路を変えたり、急減速したりするので、仲間達が怪訝に思って
問いただすと、女性や子供がいたから避けたと答える始末だ。
ケンヂ自身もさすがにヤバイと思ったのか、何十年振りかに先祖の墓参りに行ったり、
お払いを受けたりしいた。
みんさんもお気を付け下さい。
今でも花魁淵には、女性は近づいてはならないと言われています。
― 完 ―