人魚、魔法使いと話す
あの日、彼が現れてから数日が経った。
しかし、彼がフィオの前に現れなかった日はない。
「ひどいなぁ、逃げちゃうなんて」
(いやいや、それが普通ですよね)
ある時は城の庭園で休んでいる時に。
「それにしても、君は逃げるのが早いね」
(いやいや、それが普通ですよね)
ある時は作法を習っている部屋で一休みしている時に。
「そろそろ逃げるの諦めない?」
(いやいや、諦めません)
ある時はフィオの部屋の前で。
城の警備がどうなっているのか問いただしたいほど、彼はどこにでも現れた。
どうして私なんかと話をしたいのか、フィオは疑問を抱きつつ日々逃げていた。
(姉様とか兄様とかと話した方がよっぽど有益だと思うのですが)
それでも、兄弟にこんな些細なことで手を煩わせたくないとフィオは誰にも言わずに逃げていた。
幸いにして、彼はフィオが一人の時にしか現れず、王含め誰も彼に気付く事はなかった。
(だから、城の警備…!?)
そんな日々が更に続き、さすがに彼も本懐を遂げようとしたのか。
(何何何?この状況)
フィオを捕まえることに本気を出し、成功した。
「捕まえた。もう少し遊んでも良かったんだけどねぇ」
赤い光の粒が纏わり付き、フィオは一歩も動けなかった。
そして、彼が本気を出せば自分なんて数秒で捉えられることにも愕然とし、自分の無力感を感じた。
「さぁって、フィオ姫。少し話をしようか」
フィオは彼と初めて会った場所で、彼があの時のように準備をしたテーブルについていた。
彼は一口お茶を飲み、フィオに向けてこう言った。
「とは言え、何から話そうかな。君から何か聞きたい事はない?」
彼の正面に座っているけれども、彼の顔は半分フードに覆われている為、よく見えない。
彼から逃げている時もフィオは彼の顔を見たことがなかったことに気がつく。
「…顔を見せない方とのお話なんて無理です」
小さくそう言うのがやっと。
「やっぱり、あやしい?」
自分を指さし、にへらっと笑う彼。
「そんなに顔が見たかったの?まぁ減るもんじゃないし、良いけどね」
そう言いながらフードを取る彼。
漆黒の髪に、同じ漆黒の瞳。
けれども怖さを感じさせる物ではなく、煌めく夜空を内包するかのようなそれよりも目を引くのは。
左頬にある炎に蔦が絡んだような紋様。
そこから目を話せなくなり、意識が全て集中するのを感じた。
パンッ
乾いた音が響き、それが彼が手を打った音だと遅れて気付く。
「そんなに見つめられるほど、いい男なのはわかるんだけどね。まずは自己紹介からしようか」
にっこりと微笑みますながら、彼は言う。
「リオーネ。語り集めをしている。そして君の話を聞きたい」