人魚、説明する
今日はアーシャ同席の元、歴史について学ぶフィオ。
家庭教師の言葉を一言たりとも漏らすまいと教科書やノートに書き止めるため、結果筆記具のインクで真っ黒になった物が出来上がっていた。
「では、フィオ。この国について今まで学んだことを説明してくれる?」
鈴のようなアーシャの声が柔らかく室内に響く。
復習を兼ねた口頭試験とフィオは受け取り、背筋を伸ばしてアーシャと向き合った。
「我が国クルムカイトは、女神クラルテリルトアを信仰する、この世界で唯一海にある国です」
青の国クルムカイト。
7つある大国の中で、唯一海に領地を持つ。
領地の規模は他の6大国ほど広大ではないものの、
現王ガーディアス統治のもと、
大きな諍いもなく牧歌的な暮らしを人々はしている。
「ただ、他の6大国の国民は我が国の存在を知りません。知っているのは各国の国王及び宰相のみとなってます」
「それは何故?」
「我が国民を護る為、結界を張っているからです」
クルムカイトの民は元々は大陸で暮らしていた。
しかし、彼らは他よりも魔力・自己治癒能力が高かった。
それ故か、他からは爪弾きにされたり、人の良さを利用されたりしてどんどん孤立化していった。
そんな中、彼らの体液を飲めば不老長寿になるとまことしやかに囁かれるようになり、彼らは常に狙われるようになった。
そんな彼らを護る為一つに集め、海底に結界を張り、陸との接触を一切断ったのが建国の王アズディールだった。
「各国王と宰相のみが我が国を認識しているのは、陸の状況を知るため。彼らの動向に異変がないか監視するためです。そして、退任の際には早々に記憶抹消を行います」
フィオの淀みない説明に時折相づちを打ちながら耳を傾けていたアーシャが、更にフィオに投げかける。
「では、あなたは陸との交流を今後どうしていくべきと思う?」
教科書にも教師の説明にもない、フィオ自身に問いかける。
フィオの頭には、交流を復活させた場合と更に陸からの交流を断つ場合と現状維持の場合とのメリットデメリットが次々と浮かび上がる。
けれども、フィオはそれらをまとめ上げ自分の意見として言うことが出来なかった。
長い沈黙の後、アーシャが小さく息を吐いて笑う。
「うん、もう良いわ。まだまだフィオには難しかったかもね」
フィオは何も言えず、アーシャにそんな反応をさせてしまった自分を責めた。
(言いたいことはあるのに、それが伝えられない)
兄弟のように簡潔にきっぱりと意見を述べることの出来ない自分を、フィオは情けなく思った。
「さぁ、今日はここまで。お茶にして、また明日にしましょう」
優しいアーシャの言葉に小さく笑いながらフィオは頷いた。
このお茶会の後にまた行くであろう、あの岩の光景を思い浮かべながら。