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二つの事件

 翌日、ひどく血なまぐさい二つの事件が報道されるや、美しき空中浮遊都市の市民たちは騒然となった。

 第一の事件は、ハチドリ市郊外の資産家邸に押し入った強盗団による、一家惨殺事件。

 第二の事件は、白昼の繁華街で起きたキャバレー襲撃事件。

 どの新聞社も朝刊・夕刊問わず何日間も、この二つの事件を代わり番子(ばんこ)に一面トップで書き立てた。

 ラヂオのニュース番組は『専門家』とかいう人種を()っかえ()っかえ放送局に呼び、勝手な自論・推論を語らせた。

 この頃の市民たちは、知人に会うたび、すれ違うたび、挨拶がわりに「やれやれ(ひど)い事件があったものだ」「その後、捜査に進展はありましたかね?」などと話すのが習慣になっていた。


 * * *


 まずは第一の事件から。

 事件発生は西暦二○三○年三月×日、深夜午前一時から三時ごろの間と思われた。

 それから夜明けを二つ()た翌日の午後おそく……空中都市国家ハチドリ市警視庁・本庁舎の一室で、本件に関する記者発表が行われた。

 捜査の指揮を()るは、豪腕で知られる只羅木(ただらき)邦男(くにお)警部。

 警部が事件の()()()()を発表すると、その容赦ない残忍な手口に、さすがの記者たちもウッと(うめ)いて顔をしかめた。

 現場に遺留された武器の数から、賊一味は少なくとも六人以上だったと思われる。

 家人の寝静まった深夜、賊らは一階居間の窓にガラス切りで穴をあけ、掛け金を外して侵入した。

 主人夫婦の寝室、老婦人の寝室、幼い兄弟それぞれの部屋、そして女中部屋に手分けして押し入り、刃渡り六十センチの剣で、犠牲者たちの胸と言わず腹と言わずメッタ刺し。

 それから剣を死体に突き立てたまま盗みを働き、夜が明ける前に逃走した。

 凶器は、十字型をした(つば)のある、()った造りの西洋(ヨーロッパ)中世風諸刃(もろは)剣。

 六人の家族を刺した六振りの剣すべてが同じ形・同じ意匠。

 賊らは、わざわざ『お(そろ)いの武器』を何本も(最低でも六本)特注で(あつら)え、老女から少年まで、家族全員をその同じ形の剣で刺し殺した、という事になる。

 聞いていた記者の一人は、吐きそうに顔を歪め、「人殺しの道具に洒落(しゃれ)心か?」と(つぶや)いた。

 隣の記者が「……ふざけた外道どもだ」と言葉を(つない)いだ。

 盗賊どもの悪ふざけ、それだけでは終わらない。

 ある者は仰向(あおむ)けに、また別の者は(うつぶ)せに殺された家人たちの胴には、一人につき一本ずつ、盗賊特製()()()()の剣がほぼ垂直に突き刺さっていた。

 剣の柄頭(つかがしら)に組み込まれていたのは……なんと……大きな受け皿の蝋燭立(ろうそくたて)だ。

 数時間後に発見されたとき、倒れた犠牲者たちの柔らかな体には、切っ先を下にして垂直に剣が刺さり、上を向いたその柄頭(つかがしら)から(つか)にかけて……垂れる途中で冷え固まった血のように赤い(ろう)の塊が、ベットリと()()()付いていた。

 調査したところ、極太の百号赤蝋燭(ろうそく)が溶けたのに間違いなかった。

 ……つまり……

 賊どもは、罪のない家族を皆殺しにするだけでは飽きたらず、体に刺した剣を蝋燭立(ろうそくたて)にして、その上に太い真っ赤な蝋燭を刺し、去り(ぎわ)に火をつけた……という事らしい。

 その夜、(あか)りの消えた暗い皆殺し屋敷の中、六つの死体に刺さった剣の上で、六本の赤い蝋燭がチロチロと炎を燃やし続けていた……死者の尊厳さえ侮辱して嘲笑(あざわら)うこの仕打ちには、地獄の鬼さえ目を(そむ)けようというものだ。

 悪ふざけと言えば、(さら)にもう一つ。

 西洋風諸刃(もろは)剣の平らで幅広の腹に『鬼闇衆(きあんしゅう)』の三文字が黒々と刻印されていた。

 人の肉体に突き立てたこの西洋剣は、不気味な蝋燭立(ろうそくたて)というだけでなく、賊にとっては、世間と司法当局に対する名刺がわり・看板がわりでもあった。

 ……さあ皆さん、私たちは名乗りを上げました。捕まえられるものなら、捕まえてごらんなさい……という、賊どもから人々に対する不敵な宣言のように思えた。


 * * *


鬼闇衆(きあんしゅう)〉と名乗った盗賊団の正体が何であるにせよ、歪んだ自己顕示欲への並ならぬ執着に比べ、『盗み』それ自体は淡白だった。

 持って行ったのは居間の暖炉の上に飾られた油絵一枚のみ。

 大きさは百号。

 一部の好事家には、『初期天空派』の隠れた名品として知られていた。

 手に入るなら大金を払っても良いというマニヤがこのハチドリ市にも何人か居ることは、世間一般に知られていた。

 逆に言えば……(やみ)であろうとなかろうと、売り手買い手を特定されずに売りさばくのが非常に難しい逸品、という話でもある。

 屋敷中に置かれた高価な調度品や寝室の金庫には全く興味を示さず、現金(かね)に変えにくい絵画を一枚だけ盗むとは、一体(いったい)どんな盗賊団なのか……


 * * *


 次に、白昼のキャバレー襲撃事件。

 事件そのものは裏も表もない、有りがちといえば有りがち、単純といえば単純な話だ。

 男と女の振った、振られた……要は、いわゆる『痴情の(もつ)れ』

 不幸だったのは……

 一、踊り子(ダンサー)に振られた男が、()ぐにカーッと頭に血が昇って前後の見境(みさかい)を無くす気性の激しい奴だった事。

 二、その()ぐにカーッとなる気性の激しい男が、たまたま猟銃を所有していた事。

 この二つの要素が重なった結果、目も当てられぬ大惨事を呼び込んでしまった。

 連絡を受け駆けつけた警察官が、キャバレーのホールに突入して見た物は……顔面を散弾銃で撃たれて即死した半裸姿の踊り子(ダンサー)がステージの上に二人。

 その横で、千切れそうな腕を押さえて苦しそうにウンウン(うな)っている蝶ネクタイのジャズバンドマン。

 ソファの陰で抱き合ってガタガタと震える、高級そうな服を着た男女の客。

 自分が振った元恋人から逃げようとキャバレーの玄関口を出たところで、背中を撃たれて死んだ踊り子。

 歩道の上で気絶していた犯人……こいつは、どうやら命に別状が無さそう。

 (ひど)い刃傷沙汰には間違いないが、人々の注目を集めたのは事件そのものというより、事件の最中に突然現れた、ある一人の少年だ。

 突然現われ、犯人を気絶させ、あっという間に何処(どこ)かへ去った『少年探偵コイン』と名乗る、謎の人物。

 その場に居合わせた野次馬たち全員が目撃したはずの少年は、しかし目のまわりを赤いマスクで覆っていたため、どうにも人相が定まらなかった。

 気絶した犯人の(そば)には、二つの金貨が落ちていた。

 無垢の純金ではなく、未知の合金の表面を薄く金メッキした物だと後になって判明するが、ともあれ、路上に落ちていたこの二つの金貨によって、野次馬たちの証言が裏づけられた。

 いわく、『少年の両袖口(そでぐち)から飛び出した金色のコインが、青白い光を発しながら飛んで行き、犯人に当たると同時に強く放電して奴を気絶させた』と。

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