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突然の休暇

 彼女との誓いの夜の次の日。

 例え特別な時間を過ごしたとしても日常の業務に支障をきたしてはならない。

 親衛隊ともなると、屋敷に帰ることは少なく、ほぼ毎日が泊まり込みだ。

 寮内にて準備を済ませ、彼女の元へ――――。


「突然ですが、今日私は休暇をとります。護衛としてルシフを連れていきます!」


「……は?」


 親衛隊の皆が彼女の前に整列する中、突然の休暇宣言に、思わず間抜けな声が出た。

 そして一気に隊の視線がルシフに集中する。

 恥ずかしさと申し訳なさのあまり、顔から火が出そうだ。


「あの……大変恐縮ではございますが、戦乙女様。急なものであろうと休暇は勿論、御納得いただけるまで満喫していただきますれば、我等親衛隊としても大変喜ばしいことではあるのですがぁ……」


 上司である、歳のいった親衛隊隊長が言葉を濁しながらも、チラリとルシフに視線を向ける。

 ルシフは緊張と恥ずかしさで汗が止まらない。

 同僚達の視線もかなり鋭いものとなってきている。


「私は彼を信頼していますので大丈夫です」


「いえ、大丈夫とかそういう問題ではなくてですな……」


 隊長の煮え切らない態度についに痺れを切らした彼女は一喝する。

 これは決定事項である、と。

 そうなるともう誰もなにも言えなかった。


「……戦乙女様の御命令だ、護衛は任せる。いいな?」


「……ハッ」


 ルシフが小さく答えると、ユーリナはにんまりと微笑んだ。

 彼女の笑顔が見れただけでも本来嬉しいものなのだが、状況が状況なだけに素直に喜べない。


「……では、私は部屋で準備をしてきますので、しばらくしたら私を迎えに来なさい。いいわね?」


「……ハッ」


 全身の汗で鎧の中が真夏のように蒸している。

 恥ずかしさを抑えようと今はただ無心を決め込んだ。

 いくら愛を誓い合ったとは言え、流石にこれは身に応える……。


 そしてこの後、親衛隊はそれぞれ解散し、別の任務や仕事へと行く。

 ルシフは言われた通り、しばらく時間を潰してから彼女の居室へと赴いた。

 

「あら、来たわね。フフフ、どう似合う?」


 扉から現れた彼女の姿は、普段目にしている鎧姿とはまた違った美しさを放っていた。

 一見ドレスのような外装ではあるが、突然戦いの場になろうとも、剣を振り、体捌きのしやすいデザインのものだ。

 それでいてゆったりとした雰囲気の服で、休暇を過ごすにはまさにうってつけともいえる。


「……もうッ! 似合ってるとか言えないの?」


「あ、これは失礼……。普段見慣れぬ出で立ちでしたのでつい見惚れてしまい……」


「フフフ、素直でよろしい!」


 そう言うや早速彼に荷物を持たせ始める。

 もっと多くの物を持たされるかと覚悟していたが、意外にも少ない。

 どうやら久々に街中を歩いたり、王国内の名所を見て回りたかったそうだ。


「では、参りましょう。道中私が守っていますのでご安心を」


「……うん!」


 こうして見ると、本当に街の娘と変わらない。

 いや、今はもう大事な想い人だ。

 彼氏に見せる彼女の笑み。

 ルシフは先ほどの緊張が嘘のように心が安らいでいく。






 街を歩くと、民に幾度となく声を掛けられるユーリナ。

 皆にとってユーリナは守り神のような存在であることだろう。

 そして、人懐っこさを兼ね備えた人格に、大勢の者が信頼を寄せていた。


 そんな彼女に特別視されている自分はなんと幸せ者だろう……。

 これほどまでの人生の報酬、きっとどこにもありはしない。

 ならば、仕事仲間達からの冷たい視線も耐えきれる、……はず。


「ホラ見て教会よ! 今日は誰かの結婚式かしら……?」


「おぉ、これはめでたい。……どうです? 少しだけ遠目に見に行ってみるというのは」


 ルシフの提案にユーリナは更に表情を明るくさせる。

 やはり彼女もこういうのに興味があるのだろうか。

 目を輝かせながら一足先に式場である教会へと走っていった。


「しかし、け……結婚か。ウム、そうだな……ちゃんと誓い合った以上、こういうのはキチンと見ておかねば」


 襟を正す思いで彼女の後を追い、新郎新婦の姿を見に行く。

 

 純白のドレスに身を包む女性に、正装を纏った凛々しい男性。

 皆に祝福されながら、幸せへの道を歩いていく。

 

「ねぇルシフ。私、あれを着たら似合うと思う?」


「……当たり前ではないですか。ウエディングドレスは多くの女性の憧れです。……その、本当に実際、見てみたいですし」


「……私も、アナタがあの正装を纏う姿が見たいわ。そして、あの道を歩きたい……」


 そう言うとユーリナはそっとルシフに寄り添ってきた。

 ルシフは彼女の手を優しく握る。

 たったそれだけ。

 しかし、至福の時間には違いない。


 確かな愛情と幸せな感覚を、2人で共有していた。

 

「ねぇ、ルシフ」


「なんでしょうか」


「その……」


 彼女らしくもない。

 珍しく口ごもり、なにやら恥ずかしそうでもあった。

 どうしたのだろうか?


「……ルシフは、子供とかは好き?」


「え? 子供、ですか?」


「私は小さい頃から両親を知らない。国と神の為に洗礼を受け、日夜訓練に励んできた。皆、私に優しくしてくれるけど、結局戦乙女の私に期待しているだけに過ぎない。本当の私を見てくれない」


「それで……家族に憧れがあったと?」


 彼女の過去までは詳しくは知らなかったが、聞く限りこれは相当な孤独だろう。

 家族としての愛情も知らぬまま、彼女は今生きているのだ。


「私、子供……欲しいな。きっと毎日が賑やかでしょうね?」


 ユーリナは頬を染めあげながら、ルシフに告白する。

 少女から大人の女性へと変わりゆく時期の独特な色気。

 彼女から感じ取れる母性にも近い感情。


「……いつか、いつか戦争が終わり、落ち着いたら、子供に囲まれる生活も、その……悪くないかと」


「ん? 悪くない?」


「え、っと……いえ、最高に良いものかと」


 ふたりで笑い合った。

 将来への希望、幸せへの道。

 彼女と繋いでいく人の営みに、ルシフは心を躍らせた。


 


 教会を離れ、また街を歩き回る。

 昼を街の食事処で済ませ、その後は馬車等を利用し、フィリア王国の名所を回っていった。

 ユーリナと見る全ての世界が絶景にすら感じる。

 隣で笑顔を絶やさない彼女といるだけで、ここまで自らの命の脈動に喜びを感じ取れるとは……。


 そして、この1日を使った至福の時間は、夜となって幕を閉じ始める。


「ハァー、楽しかった。ホント1日って早いわね。もっと遅くてもいいのに……」


「フフフ、また共に参りましょう。遠慮は御無用です」


 ルシフに微笑みかけられ、ユーリナは嬉しそうに目を潤ませた。

 幸せがもうすぐ手に入る。

 そう考えると、感極まってきたのだ。

 

「……では帰りましょう。アナタの部屋につくまでが任務ですので」


「うん、ありがと」


 そうして、2人仲良く城へと戻っていった。

 


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