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ルシフの報復による狂詩曲

 穏やかな闇。


 仄かな月明かりが窓辺に降り注ぐ居室に2人はいた。

 ユーリナ、そしてヴェニン。


 ベッド上でユーリナはまだ膨れてはいないものの、確かに存在する宿り子のいる腹部をさすり、幸せそうな顔を浮かべている。

 一方、ヴェニンはベッドから離れた場所に座り、顔には出さねど退屈そうにしていた。


 子供が出来たことは嬉しい。

 自分の遺伝子を次に残し、この世を支配できるのだ。

 これから永遠に自分という存在は語り継がれ、ミームは受け継がれていく。


 だが、足りない。

 まだこの世の全てを味わいつくしていない。

 最強の武に無敵の身体、スローライフを味わうには些か物足りないのだ。


(もっとだ、もっと欲しい……。だが、どうやったら満たせるんだ? いや、迷うことはない。実質この世界は俺のモノだ。誰にも邪魔させない、否定させない。そいつは敵だ、つまり、好きに蹂躙していいんだ。だとすれば……)


 ふと、サウレのことを思い出す。

 フィリア王国の北に存在する街の娼館に、奴を売り飛ばした。

 聞いた話によれば、苦痛と恥辱、そして快楽に悶えながらも矜持を決して捨てぬ姿は、客達の嗜虐心を刺激して今ではかなり人気の娼婦となり果てたとか。


「……この俺が直々に可愛がってやるのもわるくないな」


「ヴェニン、なにか言いました?」


「ん、あぁなんでもねぇ。……お前はここでゆっくり過ごしてな。俺は用事を思い出した。ちょっと出てくるわ」


「はい、いってらっしゃいませ」


 ヴェニンの行動に対してなにひとつ疑念を抱かないユーリナ。

 それほどに彼に心酔し、そしてその愛情の証たる子供を胎内に授かったのだから。

 至福の笑みを浮かべるユーリナを背に、ヴェニンは部屋アから出る。

 

 さて、移動手段はどうするか。


 いや、考えるまでもない。

 

 自分のこの力があればいかようにも出来る。

 そう思いながら、屋敷の外へ出て、閑散として広場の方まで足を運んだ。


 そして、その場にて神の加護の力にて転移を起こそうとしたそのとき。

 殺気と怒気の入り混じった感情の渦を感じた。


「……誰だ!」


 叫ぶ。

 しかし返事はない。

 だが、足音と月光と共にその姿を現した。


「……テメェは、ルシフ」


「お久しぶりです、勇者殿。……戦乙女様は息災であらせられますか?」


 ルシフは淡々と、日々の業務のように喋る。

 あれほどドス黒い感情を持っておきながらのその姿に、ヴェニンは不気味さを感じずにはいられなかった。

 自分を殺しに来たのか。

 にしては、あまりに冷静すぎる。

 幾度の戦場にて数多の殺気を浴びてきたヴェニンは、今のルシフに違和感しか感じ取れない。


「……お前、鎧どうしたんだよ、剣は?」


「……」


「今から俺用事あるんだよねぇ~。悪ぃケド帰ってくれねぇか? 邪魔」


「……」


「おい、聞いてんのか? ……っていうかさ、その腰につけてるのなんだ? 楽器か? ハハハ、なんだお前。騎士を捨てて演奏家にでもなったのか? 惨めだなぁオイ」


 しかし、ルシフはその場に佇んだまま、彼の煽りに対し全くの無反応だった。

 人形のように表情は固まり、まるでカカシにでも語り掛けているかのよう。

 

「……殺されてぇらしいな」


「いかようにも解釈を」


 必要最低限しかこちらに喋らないルシフにしびれを切らし、選定の剣を抜き放つヴェニン。

 だが、ここでいいことを思いついた。

 ただ殺すだけでは物足りない、ちょっとした余興だ。


「ふん、冥途の土産に教えてやる。お前の義妹は、フィリア王国の北にある街で娼館にいる」


「……ッ!」


 表情が動いた。

 手ごたえあり。


「人気の女らしいぜ? ククク、あんだけクソオヤジ共の慰みものになってるってのによぉ。一向に堕落しないあの気高い心がまた嗜虐心を煽って、プレイが更に激しくなっちまうってぇ話だ。俺も今から行くんだけどよ……どうだ? お前も行くか? 義理の妹を抱くなんて、最高じゃん?」


 人を人とも思わぬヴェニンの狂った笑い声が響く。

 神がこの男を残忍にしたのか、この男が初めからそういう性質だったのか。

 それは知る由もないこと。


 だが、こうして出会い改めて確信した。


 ……慈悲はない。

 

 神は人の法では裁くことは出来ない。

 ゆえに、神の力を凌ぐ存在もまた然り。


 そう言った連中を裁くことなど、どうして出来る?


 彼等は言う、自らを人類の上位者だと。

 神殺しやそう言った類の伝説はいくつも聞いたことがあるが、あれは裁きとは程遠い。


 であるならば……もう"自ら"に裁かせるしかない。

 自らの行いが善か悪か。

 裁かれるか裁かれざるか。


 己が積み上げた過去に、問いただす他あるまい。


 そう思い、ルシフは魔楽器ムラマサを構える。

 弦に弓を向け、いつでも演奏可能なように。


「あ、なんだ? なんか弾いてくれるのか? いいねぇ、最後の演奏会だ。聴いてやるよ」


 このときヴェニンは慢心していた。

 というのも、彼は神の加護により呪いや異能の類をも弾き飛ばす肉体になっているのだ。

 どうせその演奏もまた呪いかなにかの類だろうと、高を括っていた。


 だが、いざ演奏が始まると、ヴェニンは気分の悪さと重圧感に見舞われる。


(なんだ、この演奏は? バカな……俺の身体は呪いも全て弾き飛ばすはず。なのに……身体が、動かねぇッ!!)


 氷漬けにされたように身体が固まり、そして寒い。

 一切の抵抗が出来ない。

 むしろ、ヴェニンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 否、聴かずにはいられない。

 目の前の自分より遥かに格下の男の奏でるこの調べ。

 身体が、細胞の一片が彼の演奏を求めている。

 

 その技巧、まさに悪魔に魂を売って手に入れた至高の絶技と言うに相応しい。


 だが、これ以上聴くのは危ないと感じていた。


「やめ、ろ……演奏を、やめろ……ッ!! なんだ……なんだこの力は!?」


 選定の剣を振ろうにも腕が上がらない。

 こうしていく間にも旋律は続いていく。

 

 一見ヴァイオリンにも似たその楽器から奏でられる旋律は、美しくも悍ましい。

 うっとりするほどの音色が、魂を侵していくのが感じ取れる。

 そして、聴いていく内に身体にある変化が見られた。

 ベリベリと音を立て、自分から青白いエネルギーのようなものが剥がれていく。

 ヴェニンはすぐに悟った。


 今まで自分を支えてきた、自分にとっての人生全て。


 "神の加護"である、と。

 無双の力も無敵の肉体も、旋律と共にエネルギーとして宙へと飽和していく。


「待て、それを持っていくな! それは俺の力だッ! 俺の才能だ! 俺の財産だ!」

 

 だが無情にも演奏は続き、ルシフの怒りを表すが如く、曲調も激しくなっていった。

 この未知なる力に、ヴェニンは生まれて初めて恐怖という感情を抱いたのだ。

 この世に自分以上に勝るものなしと驕ったがゆえの報い。

 ――――そして、ついに審判が下される。


「ぐあッ! ……な、なにぃ!?」


 突如、身体の至る所が裂傷し、大量の血を噴き出す。

 それは最早金瘡そのもの。

 なにが起こったのかわからぬヴェニンに見え始めたのは、幻覚か果ては実像か――――。



 今まで貶めてきた者達。

 敵の兵士に女、魔物、果ては信仰の為に切り捨てた異郷の神々。

 自らの正義の名の下に殺し、犯し、そして迫害してきた者達だ。

 亡者のような形相で一斉にヴェニンに襲い掛かって来た。


「やめろ……来るなぁああ!!」


 彼等はヴェニンに憎しみと悲しみの刃を突き立て、噛み付き、引き千切り、抉り、圧し折った。

 無限とも言える痛みが彼を襲う。

 内臓が裂け、骨が折れ、神経がひきちぎれていく感覚に絶叫を上げた。


 そして彼等は導こうとする。

 天上でも地下でもない、神の寵愛すらも、地獄の王の目すらも届かぬ場所へ。


「やめ、……やめてくれ! 許してくれぇ!! うわぁああ!」


 ヴェニンは咽び泣いた。

 重なる痛みに許しを請うた。

 だが、彼等は決して聞く耳を持たず、ルシフの演奏に合わせて攻撃に拍車をかけていく。


 今度は弓を用いず、指先で弦を高速且つ巧みに弾き、今の彼を嘲笑うかのような軽快な音色を奏でた。

 それに合わせて指も足も肩も腕も、折られては千切られ、目の前で咀嚼されていく。


 そして、ヴェニンが最期に見たのは。




 ――――かつて自分が意気揚々と殺したドラゴンだった。


「ぁ……あぁ……ッ!」


 ヴェニンは改めてドラゴンを仰ぎ見る。

 嗚呼、幻想種にて一、ニを争う力を持つこの生き物は……。


 こんなにも大きく、悍ましかったのかと。


 

 ドラゴンの口が開き、そのから強大なエネルギーを感じた。

 以前にも見たことがあるこの光景……。


 ヴェニンはすぐに理解した。


 自分を焼き殺す気であると。


「やめ、ろ……ッ! やめさせろルシフッ! さっさとしねぇとただじゃおかねぇぞ!」


 ヴェニンが怒鳴る。

 だが、ルシフはこの調べを奏でることに集中しており、ヴェニンの声に耳を傾けてはいない。

 否、傾けるはずがない。

 

 世界と神に愛された男に奏でる言葉はひとつ。





 ――――"自らの行いは、いつか運命となって返ってくる"


 これはヴェニンだけではない。

 いつか万人に訪れる宿業なのだ。


 それがまた新たな憎しみと悲しみを生み、誰もが敵となる。


 嗚呼、まさしくアルマンドの言った通り。



 ――――世界は報復と慟哭に満ちている。


「ルシフゥゥウアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 吐き出される炎に焼かれながら、ヴェニンの断末魔は天高く響く。

 最後はなにもかも全てが炎の中に吞み込まれ、全てが消え去った。


 


「……やったじゃん。怨敵をこんなにも鮮やかに倒すたぁな」


 演奏を終えたと同時に潜んでいたアルマンドが近づいてきた。

 気が付けば、ヴェニンの姿はない。

 閑散とした広場が静かに風で凪いでいるだけだった。

 気づけば後ろでまとめていた髪は解け、ユラユラと揺れている。


「……あれは、幻だったのか? それとも……」


「ん~、オレ達にとっては幻だが……奴にとっては現実だな。アレは奴の過去が生み出した産物だ」


「産物、か。……あんなクズでも世界にとっては正義の存在だったのだろう?」


「そうだな」


「……大勢にとって美しく見えれば、大勢にとって聞き触りの良く、当たり障りのない言葉であれば……悪もまた正義、か」

 

 この世のなんと定まらぬことか。

 価値あるものを無価値の彼方へ。

 無価値なものを大仰に上げ立てて。


 これが善でこれが悪か……。


 虚しくはあったが、今は感傷に浸っている場合ではない。

 

「サウレ……彼女を助けなければ。だが、その前に……」


「ユーリナ、だな」


「あぁ……。サウレもう少しだけ待っててくれ。義兄は……更に外道に落ちねばならぬゆえ」


 そう言って屋敷まで歩き出す。

 目指すはユーリナ。

 

 報復の旋律はついにかつての愛に魔の手を伸ばす。


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