フィリア王国の戦乙女
2018'10'18
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「ルシフ! 早くなさい、戦場は待ってはくれないわ」
「お言葉ですが、我らが聖なる戦乙女よ。戦況は依然変わらず我等の優勢。アナタが出るまでもありますまい?」
山岳を背に聳える城。
その城内を堂々と歩く甲冑姿の【聖なる戦乙女】とその後ろを歩く騎士。
18歳になったばかりの彼女は急に止まるや騎士を睨みつける。
「……今はふたりきりよ? ふたりきりのときは……」
「ハハハ、そうでしたね。――"ユーリナ"。わかってはいますが、やはり城内での公私混同は良くないかと思い……」
「まぁつれないのね、"ルシフ"? 私の親衛隊のひとりの癖に、こんなちょっとした融通も効かせてくれないなんて」
「お戯れを……」
ルシフ、25歳。
フィリア王立神聖騎士団所属。
聖なる戦乙女こと《ユーリナ》の親衛隊を務める。
黒く長い髪を後ろで結び、顔にはいくつもの刀傷が見られた。
爽やかな顔ぶれが多い親衛隊の中ではかなり厳つい部類に入る。
そんな中で、ルシフは彼女に目をかけられているのだ。
まるで本当に寄り添ってきているように。
ユーリナ、18歳。
このフィリア王国において聖なる戦乙女として神の加護を受け、その一騎当千の武で戦場を駆け抜ける。
ルシフとは違い金色の長い髪はそのまま流し、聖女のような慈悲深いその尊顔には似合わないほどのお転婆っぷり。
「……優勢だからこそ、私が戦場へ出て兵達の士気を上げんのよ。そして、各国に思い知らせてやるの……"彼国は無敵也"ってね!」
意気揚々と表に用意してあった馬に飛び乗り、自慢の大槍を頭上で回転させる。
その姿はまさに神話に出てくる戦いの女神。
ルシフは彼女のそんな姿が大好きだった。
息の詰まる思いを我慢しながら、見送りの礼をしようとすると。
「なにやってんの? アンタも私と行くのよ」
「は?」
「は? じゃないわよ! 大丈夫、隊長には言ってあるわ。――――護衛は1人でいいって」
そう言ってまだ少女の幼さが残る純真な笑みをルシフに見せた。
夏の日の木漏れ日のような美しさに彼は思わず頬を染める。
「し、仕方ありませんな」
「フフフ、そうそう。――――絶対ついてきて? アンタがいないと嫌なんだから!」
厩から馬を一頭。
それに跨り、城門が開くのを待つ。
厳かな重音が響き、戦場のけたたましさが響いたとき、彼女は拍車をかけ雷光のように躍り出た。
ルシフも続く、戦乙女の後を。
――――結果など言うまでもない。
元々優勢な戦況に、一騎当千の彼女が加われば蜘蛛の子を散らすのと同然。
敵国は撤退、戦場に彼女と王国を讃える喝采が響き渡る。
「どうルシフ! 私すごいでしょ!?」
「……えぇ、アナタこそ我が王国の誇りです」
馬上で満面の笑みを向けるユーリナ。
彼女は常に隣にルシフを置たがり、そればかりか自分の功績を分かち合いたがる。
――――ルシフ、私を褒めて!!
そう言わんばかりにだ。
戦乙女たる者、ひとりの人間を、ましてや上司と部下の間でありながら特別扱いするなどというのは言わずもがな御法度であろう。
だが、彼女はルシフの前ではこの溢れ出る気持ちを抑えられない。
ユーリナがこうなった切っ掛けは些細な事だった。
親衛隊という立場を利用し、同僚達は彼女の前で恰好をつけようと躍起になっていた。
ユーリナはそういった空気にうんざりしていたのだ。
どいつもこいつも自分が前を通るたびに色めき立つ。
視線は顔や胸、尻にまで集中し、居心地が悪かった。
――――そんなときに出会ったのがルシフだった。
彼は自分と真正面から向き合ってくれた。
話すときは目を見て。
たまの我儘にも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれたり。
なにより彼には義妹がいるらしく、その延長のようにまるで兄のように接してくれたりもした。
ユーリナにとって初めて抱いたかもしれない"特別な感情"だった。
それ以来、隊長そっちのけで彼を何度も呼び出すようになったのだ。
やがてそれは、禁断の領域へと至るとは知らず――――。
先の戦争から数日後、またも呼び出しを喰らうルシフ。
これには隊長も匙を投げ、同僚からは冷たい視線を向けられる。
胃の痛い思いをするが、そんなあことはどうでもいい。
彼女の顔が見たい……。
ユーリナの顔が浮かぶにつれ歩調は早まり、彼女の居室の前へと誘った。
「……御呼びでしょうかッ……ブフッ!?」
入るや否やいきなり飛びつかれとんでもない膂力で抱きしめられる。
甲冑をまとっているとはいえ、武勇を宿すその華奢な肉体から出されるソレに痛みと苦しさを感じた。
「ルシフ……ッ! ルシフ……ッ!」
「戦乙女様! 居室内とはいえ、これではいつ人が来るか……ッ!」
「イヤ! 名前で呼んで!!」
離すものかと締め上げを強くするユーリナ。
流石にコレはヤバいと感じたルシフは彼女を制止した。
――ユーリナ、大丈夫だから、と。
すると、力が徐々に緩み始め、柔らかな抱擁へと変わっていく。
安堵したルシフもまた彼女の背中に腕を回し抱きしめた。
「ユーリナ、落ち着きましたか?」
「……もっとぉ」
「ダメです」
「いけず」
最近はこういった依存傾向が強くなっている。
困ったものだと思いながらも、彼女の頭を軽く撫でてやった。
ルシフにはわかっていた。
彼女は寂しいのだ、と。
崇められる一方で遠ざかる人並みの幸せが恋しいのだ、と。
であるからこそ、それがわかっているからこそ。
彼女の全てを愛おしく感じてしまう。
――――彼女のその想いに答えたい!!
その衝動はこの白銀の鎧を突き破り、天をも穿つのではないかという勢いだ。
――――彼女の全てを、自分の物にしたい。
嗚呼ッ! 度し難い大罪ッ!
彼もまたユーリナを愛していた。
「ユーリナ、……私を愛してくれますか?」
思わず出たこの言葉。
頭の中が彼女のことで輪廻し、情欲が抑えきれない。
国に、騎士道に、そして万能たる父に忠義を尽くす僕であるはずなのに。
こんなもの親衛隊として失格だ。
だが、そんなルシフをユーリナは温かく微笑む。
「……はい、私ユーリナは、永遠の愛を誓います」
嗚呼、これは主の教えに背くのだろうか?
それがどうかはわからない。
ただ、ルシフのこの想いに嘘偽りはなかった。
きっと彼女もわかってくれる。
いつか、本当の愛にたどり着くことを――――。
そう、信じていた。
2018'10'18
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