早朝の整備
登場人物
田村 尚登13歳 少年 碓井線の売り子兼機関車整備士。免許は無いが、蒸気機関車を運転できる天才。
黒岩 義孝15歳 少年 同じく碓井線の売り子兼機関車整備士。肉親のいない尚登のために家族ぐるみで面倒を見る頼れる兄貴。
正直、寂しいって思うときはあるよ。僕、いつもそんなことは気にも留めないんだけど
ね。でも、人は皆孤独で寂しいって思うときはあると思うんだよ。きっとね。きみはこう思うかい?あれ?僕は誰と話しているんだろう?いつも一緒にいるはずなのに、不思議だ。まあいいや・・・始発列車は元気いっぱいで行かなくちゃ。今日は暖かいから朝方の露が解けてレールが滑りやすくなっている筈。ラックにも気を付けないと。それじゃあ、汽笛一声、出発進行・・・
「おい、尚登、いつまで寝てるんだ、起きろ!尚登。」
薄らと聞こえてきた声に尚登は目を覚ました。まだ明朝なのか、外は真っ暗である。尚登の兄貴分である黒岩義孝は半分呆れ顔。尚登は、まだ夢の中で、列車を発車させようと考えていた。
「あれ、出発しなくていいの?」
義孝は、やれやれといった態度で
「まったく、お前のお蔭で仕事へ出発できないんですけど。」
「えーと・・・あ、そうだ、缶へ火を入れないと!」
「そうだぞ。始発に間に合わないと、後で大目玉を喰らうんだぞ~。まあ、昨日も遅番だったから気持ちは分かるが。」
「よっちゃん、ごめんね。ぼくのせいで・・・。」
「全く、尚は器用なのに、おっちょこちょいだからな。ほら、早くしないと遅れるぞ。」
「すぐ支度するから先行ってって!」
「尚が支度済むまで待つよ。」
「ごめんね。よっちゃん優しいね。」
「・・・んもう!早くしろよな。」
時刻は午前4時。整備士の仕事は早い。蒸気機関車を動かすのに3時間は係る。缶に火を入れて蒸気を溜めて、機関車がしっかりと動くように2百か所も油をさす。こんな大変な作業を毎日こなすのだが、それでも尚登も義孝も蒸気機関車に愛着を持っている。彼らが整備を担当する3900形蒸気機関車はゲルマ帝国生まれである。もう十年以上見ていて自分で世話することに誇りを持っていた。
「おい、尚登、油は指し終わったか?」
「うん。ちょうど終わったよ。」
「そうか。よしよし。缶に火を入れるから、木片に重油布を巻いてくれ。」
「うん、分かったよ。」
「頼むぜ。」
義孝がボイラーに火を入れると辺りは明るくなり、機関室に居る尚登、義孝の頬を淡く照らしていた。
「おい、尚登。今日は寒いからよ、こっそり持ってきた切り餅を缶の火で焼くから一緒に食おうぜ。」
「本当!?わーい!」
義孝のお茶らけた誘いに僕は得意になって賛同した。シャベルに切り餅を4切れ乗せ、火のついた缶にシャベルを入れ、焼き上げる。
「ほら、尚、餅が膨れてきたぞ~。」
「本当だ。美味しそう、お腹がすいてきちゃうね。」
「全くだな。」
そうして、義孝がシャベルを出すときには、餅はすっかり食べごろになり、外はパリパリになっていた。
「そして、コイツを乗せれば・・・。」
「おお、よっちゃんさすが!」
義孝は、焼きあがった団子に缶詰の小豆を載せてくれた。
「ちゃんとお茶も持ってきたから、温まるだろう。」
「そうだね、よっちゃん。」
そしてあんころ餅を食べながら束の間に、話をした。
「なあ、尚登、最近やたら頑張っているが、やっぱり仕事楽しいか?」
「うん。楽しいよ。だからどんなに頑張っても全然疲れるなんてことないよ。」
「そうかそうか。なら良いんだけど。いや、頑張ることはとても良いことだと思うよ。」
「えへへ、ありがとう。最近岩美おばさんからもらった参考書で数学を勉強しているよ。僕も早くよっちゃんみたいになりたいからね。」
「俺みたいに?別に俺なんか馬鹿だし手本にしない方が良いんじゃないか?」
「もう、またそんなこと言ってさ。僕は義孝の頑張る姿を見てきたからここまで来られたんだもの。」
「尚登・・・お前・・・てい!」
義孝は尚登の頭を軽く叩いた。
「痛い・・・もう、何するのさ~。」
「年下が生意気だぞ。」
そう言いながらも義孝は満更でも無さそうであった。丸っこい体つきから筋肉が付き始めた尚登の優しさに触れられたと感じた。
「もう。あ、そろそろ朝ごはんの時間だ。岩美おばさんが待ってるよ。」
「ああ。母ちゃんを怒らせると怖いからな。」
「急ごう。」
「おう。」
こうして、2人は家に戻って行った。帰り際、義孝は、尚登の身を心配した。彼は両親を早くに亡くし、親代わりであった尚登の姉、香澄も、奉公先から戻らず、行方不明であった。それでも気丈に振る舞う尚登を尊敬するとともに、心配していたのである。