カッターシャツを濡らしても、雨に打たれたままで。
少し大人の僕は、相応の背丈で横断歩道を歩く。
停まった車のドライバーさんの笑顔に、深い御辞儀を返す。
年少の子供たちは、頭を下げることを促されたことに少し不満げだ。
この子たちはまだ子供だから仕方ない。
「お礼はちゃんとしないといけないよ」
呟く言葉がどれだけ響くのかは解らないけれど。
――下り坂を通り過ぎる、高校生の大人の人の姿が見えた。
かっぱを着込むこともなく、雨に打たれて、ちょっと苦々し気な表情を浮かべて。
自転車で駆け過ぎていく。
目の前を、颯爽と過ぎゆく。
正直、少し怖くて傘を握る手が震えて。
行こうよ、と促す弟に頭を振りながら。
雨に打たれて。
雨に濡れながら。
走る去る大人の背中を僕はじっと見つめていた。
―――――――――――――――――――――
冷房をつけるべきか、消すべきか。
考えるまでもなく、無論、点けるべきである。
噴き出す勢いのない風を感じながら、馴れた道を走っている。
フロントガラスを濡らす無数の水滴、それを弾き飛ばすワイパー。
目を閉じていても突きそうな程に馴れた道。単調な道。すれ違う道に横断歩道はない。
坂の上のT字路に連なる車の列。
(何でお前らもっと早く家を出ないんだよ!)
時計を見る。出社時間の二十五分前。合流する道の前に連なる車は八台程度。
寒いな。冷房を切る。
ローカルラジオ局のアナウンサーの軽快なトーク。毎日同じことを言ってるような気がする。
メールを送ったことなんて一度もない――今日は久しぶりに傘を持って行った。助手席を眺める。傘はある。
――合流地点、丘の上。こんなところに良くも道を作ったもんだ。この先には川の上に橋を築いた。
俺が子供の頃に架けられた橋。トランペットを掲げ持って渡った――漠然とした記憶がある。吹いていなかったことは間違いない。その記憶だけは確かにある。怠惰ゆえの挫折は挫折とは言わないが――
横断歩道はあった。合流地点の前。そう、交通量はあるのだから、そりゃ、横断歩道がなければ危ない。
前の車が横断歩道を跨いだ。今度は俺の番――
横断歩道の前の白線の前で、左右を確認すると。
入れまい、と待ち構える車の列と、ペダルを必死で漕ぐ高校生の姿が見えた。
かっぱを着込むことを良しとせず、ただ、雨にカッターシャツを濡らしながら、世の中の全てが気に入らない、と言った顔をした彼が、目の前を通り過ぎていくのを由しとした。
彼の背中が通り過ぎて、曲がり角で消えてしまうまで、僕は陶然とその背中を見つめていた。
「いや、そんな濡れた格好で言ったら普通困るだろ」
唇を突いて出る疑問に、『困らなかったよ』と子供の自分が応える。
そっか。んじゃ、いいか。
――捻じ込んだ車の首が旋回をして、ハザードが二度悲鳴をあげた頃には僕は全てを忘れた。