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ログの町のギルド会館は、町の中央に在る。
やはりと言うべきか、建物は小さく、田舎という雰囲気を漂わせていた。
俺達が町に入って来てからここに来るまでに、何故か随分と視線を集めている。
門兵の話を聞く限り、最近は余所者を見る機会も多いとの事。
注目を集める理由は判らないが、警戒を強めた方が良いかもしれない。
俺は一応、周囲の確認をしてから中に入った。
館内は、門兵に聞いたとおり、朝早いにも関わらず冒険者が多く居た。
待合所は酒場になっている為、朝から酒盛りをしている者達も見受けられる。
俺が館内に入ると、皆が一斉にこちらを見て静かになった。
おそらく俺が新顔だったのと、魔術士の格好をした少女が一人で来館した為、好奇心から俺を見ているのだろう。
だが、俺はそんな視線を無視し、依頼の受付窓口へと歩を進める。
受付嬢は、俺が前に立つと、どこか緊張した表情を見せる。
見たところ、受付嬢はまだ若かった。
おそらく、まだ仕事に慣れていないのだろう。
とは言え、急いでいるわけでもなければ、クレームを付けに来たわけでもない。
依頼を受注するだけだ。
例え新人であっても問題は無いだろう。
「おはようございます。カムリの洞窟へ行きたいのですが、何か依頼はありませんか?」
俺は受付嬢の緊張を解す意味も兼ねて満面の笑顔を作り、ライセンスを提示した。
「は、はい。ライセンスをお預かりします。えっと、ソフィア様……え、Fランク…ですか」
「はい。お恥ずかしい話ではありますが、まだ取ったばかりなのです。ですので、誰も受けたがらない様な依頼でも構いません。何かありましたら、ご紹介願えないでしょうか?」
「えっと、先にご確認したいのですが、お一人で…ですか?」
「はい。普段は眷属の者と一緒なのですが、今は別の仕事を任せている為、私一人となります」
「そ、そうですか。その…大変申し上げにくいのですが、最近はカムリの洞窟へ行かれる冒険者様が多い為、ソフィア様のように低ランクでソロの冒険者様が受けられる依頼は現在ございません。今ある依頼の中でFランクとなりますと、最低三人からのパーティでの討伐依頼となっております」
「そうですか。では確認したいのですが、もし依頼の受注もせずにダンジョンへ向かった場合は何か問題はありますか?」
「いえ、問題はありません。ただ、依頼も受けずにダンジョンに行かれて、今ある依頼を達成されてもギルドから報酬を支払う事は出来ません。依頼は原則として先に受けてもらわねばなりません。それと、依頼も受けずにダンジョンへ行って怪我をされたり亡くなられてもギルドでは一切責任は負えません」
「なるほど…。解りました。ありがとうございます。お手間を取らせて、申し訳ありませんでした」
「いえ、これも私達の仕事ですので。冒険者様のご活躍をギルド一同期待しております」
俺は受付嬢に礼を述べその場を離れる。
酒場の方へ行き従業員にミルクを頼んで席に着く。
門兵から話を聞いたときから予想はしていたが、やはり依頼を受けることは出来なかった。
実績や報酬が欲しかった訳ではないので別段問題は無いのだが、折角ならば依頼を受けてみたかった。
いくら身分証明の為だけに資格を取ったとはいえ、折角冒険者ギルドに所属しているのだ、多少は冒険者の気分を味わってみたかった。
とはいえ、受けられる依頼が無いのでは仕方ない。
大人しくダンジョンの調査だけして帰ってくるしかない。
しかし、そう思っていた俺に声を掛けてきた者が居た。
「あの、カムリの洞窟に行きたいのですよね?。良ければ僕のパーティに加わりませんか?」
声の主の方に振り向くと、そこには如何にも女受けしそうなイケメンが笑顔で立っていた。
「……それは有り難い申し出ですが……貴方は?」
「失礼しました。僕の名はルイと言います。悪気はなかったんですが、受付でのやりとりを見ていまして。僕たちもこれから依頼でカムリの洞窟に行くんですが、良ければ一緒にどうでしょう?」
ルイと名乗る少年は笑顔で俺に手を差し伸べてきた。
見た目は俺よりも少し上くらいで、如何にも人畜無害の好青年もとい少年だった。
悪意がないことは見れば判る。
俺としても一人で向かうよりは連れが居た方が多少は遊べるし、依頼があった方が良い。
断る理由もないので了承する。
「ありがとうございます。私はソフィアと申します。不束者ではありますが、ルイさん達さえ宜しければ、宜しくお願い致します」
「良かった。では自己紹介や仲間の紹介なども含めて、あちらの席で話をしませんか?」
ルイはそう言って、隅の席を指差す。そこにはルイの仲間と思われる二人が座っていた。
俺はルイの誘いにホイホイ付いていき、二人の前に立つ。
「げっ!!ほんとに連れてきた」
「ナイスだ。ルイ」
二人の反応は真逆だった。
歓迎されているのかいないのか微妙なところではあるが、取り敢えず自分から挨拶する。
「お初お目に掛かります。私はソフィアと申します。ルイさんにお誘い頂いたのですが、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
「あぁ、歓迎するぜソフィアちゃん。俺はロイドってんだ。よろしくな」
「……ミルカよ」
「ロイドさんとミルカさんですね。宜しくお願い致します」
「なぁなぁ、最初見たときから思ってたんだけどさ。ソフィアちゃんってもしかして貴族か何か?」
「いえ。平民ですが、どうしてですか?」
「いやぁ、格好もそうなんだけど、喋り方とか如何にもお嬢様ぽいじゃん」
「そうでしょうか?服装や喋り方は主に姉の影響なのですが、私自身はあまり気にしたことがないので、何かおかしな所があれば教えて頂けますか?」
実家では着せ替え人形のような状態であった為、服装に気を遣ったことがなかったが、どうやら世間と多少のズレがあるようだ。
なるほど、受付嬢の対応がやたら丁寧なわけだ。
まぁ、良い。
少しずつ調整していけば問題ないだろう。
等と考えていると、ルイがロイドの頭を小突いていた。
「止めないか。初対面の女性に失礼だろう」
「痛ってぇなルイ。お前だって気になってたんだろ」
「うるさい。だからっていきなり聞くヤツがあるか。すみません、ソフィアさん」
「お気になさらず。私も田舎から出てきたばかりなので、至らないところが多々あると思います。ですので、何か思うところがありましたら、素直に仰って頂けると私も助かります」
「……ねぇ、どうでもイイけど洞窟に行くの?行かないの?行くならさっさと行くわよ。くだらないこと喋ってる間に他の連中にお宝持って行かれるなんてあたしはごめんなんだけど」
「……そうだね。話は行きの馬車の中でしようか。ソフィアさん、準備は大丈夫ですか?」
「はい。直ぐにでも出られます」
「そうですか。では、今日のために馬車を一台借りているので、そちらにご案内します。二人も良いかな?」
「……いつでも」
「大丈夫だ。問題ない」
「では、行きましょう」
ロイドとミルカは席を立ち、ルイの後追い店から出る。
俺も三人の後ろを付いていく。
結局、俺がギルド会館を出るまで好奇の目が潰えることはなかった。
だが、それで良い。
俺の計画は順調である。