【2】
馬車から降りるときも、ユージーンは優しくカフォラの手を取って導いてくれた。
その白々しさに内面では苛立ちながらも、カフォラは素直に手を預ける。
「ありがとう、あなた」
さらには、夫に甘える新妻らしく、はにかみながら微笑んでもみせる。
対するユージーンは、ほんの一瞬だけおもしろそうに目を開いたが、すぐに甘やかな表情に戻った。
「さて、愛しい奥さん。念願のサン・フルーラ教会にやってきたよ」
手を引かれながら数歩進んで、馬車溜まりの陰を抜けると、そこはもう教会の正面だ。その教会の建物を目にして、カフォラは思わず足を止めてしまった。
「……すごい」
白大理石で積み上げられた教会の正面は、カフォラがオルテン国内で見知っている教会よりもずいぶんと高さがあった。大理石の表面には、彫刻が隙間なく施されている。豊富な草花や動物、その間に聖人の像が何体も。入り口の扉は分厚い木製で、こちらも細かい浮き彫りが素晴らしい。
ル・シェネらしい、繊細で華やかな装飾に満たされたそのファサードからは、教会の格調高さと、聖女を守護聖人とする優しさの両方が感じられた。
「さすが、噂になるだけあって、たいしたものだね」
ユージーンも感心したように呟く。
教会正面の扉の右脇には、二回りほど小さな扉があった。こちらは開けっ放しになっていて、装飾も少なめだ。ふだんの出入りにはこちらが使われているようだ。
ユージーンに手を引かれたまま、カフォラはその扉をくぐった。
暗い屋内に入って、目が慣れずに周囲がよく見えない。何度か瞬きして、ようやく様子を捉えられる。
そこは小さな前室のような場所だった。
正面には身廊につながる立派な扉。片側だけ開かれていて、身廊内で祈ったり散策したりしている参拝客の姿がちらほらと見える。
左手には質素な扉と壁に埋め込まれた棚。そしてカフォラたちが入ってきた右側には、告解室を改修したような案内所があった。
中には若い司祭が座っている。ユージーンはその司祭に愛想よく話しかけた。
「こんにちは。事前に参拝を申し込んでいた者です。ご案内をお願いしたいのですが」
若い司祭はユージーンの笑顔に引き込まれたのか、しばらくぽかん、と二人を見つめていた。それから、はっとして慌てて手元の帳簿をめくる。
「あ、えーっと、ああ。オルテン国からいらしたシオン家のご夫妻ですね。はい、お伺いしています。教会の宿舎に滞在いただける準備もできています。案内の者がまいりますので、しばらくお待ちください」
サン・フルーラ教会には前もって、支援要員から、二人が有力家系の若夫婦であることを強調して、参拝を申し込んでいた。シャルダン家から聞いた話では、ナダルたちも同じように申し込み、教会から宿泊を勧められたらしい。
カフォラたちにも、教会から快諾の返事が来ている。——教会に認められるための第一関門は突破できていた。
案内所の奥の小部屋に通されて、二人はしばらく待たされた。案内してくれた司祭は
部屋からいなくなっていたが、カフォラは気を抜かずにユージーンに寄り添っていた。
ユージーンの方も、愛しい妻を大切に扱う態度を崩していない。
「大丈夫? 慣れないことに疲れていない?」
それは旅慣れない妻を気遣う発言なのだろうが、その裏ではカフォラの演技を揶揄しているようにも聞こえる。
それに対する反発は、ぐっと抑え込んだ。
「いいえ、大丈夫です。あなたがいてくれるから心強いわ」
相手の青紫の瞳を見返して、にっこりと微笑んでみせる。
対するユージーンも、そんなカフォラに負けない蕩けるような笑顔を返してきた。
「それなら良かった。でも、くれぐれも無理はしないようにね」
「ええ、気を付けます」
ユージーンの腕に添えた手に軽く力を込めて、夫に頼る気持ちを表現しつつ、カフォラは内心では思いっきり顔をしかめていた。
(あぁ、もうっ、こんなやつが本当に心強いわけないじゃないのよ! 任務じゃなかったら、間違ってもこんなこと言わないのにっ!)
そんなそらぞらしい空気にしばらく耐えたところで、ようやくその部屋に足音が近付いてきた。
「お待たせいたしました、シオン家のご夫妻」
現れたのはカフォラとそう年の変わらなさそうな女性だった。派手ではないが若々しいドレス姿で、髪は既婚女性らしくアップにされている。
修道女の装いとは明らかに違う。だが、サン・フルーラ教会の紋章が入った襷を掛けているので、彼女が教会の関係者に間違いなさそうだ。
案内役の女性の装いが意外だったのはユージーンも同じだったようだ。
二人揃って優雅に礼をしてから、ユージーンが口を開く。
「貴女がご案内いただけるのですか? 失礼ですが、サン・フルーラ教会の方でしょうか?」
「はい。教会籍ではありませんが、教会のお手伝いをさせていただいています。あなた方と同ように夫婦でこちらに参拝して、サン・フルーラ教会の素晴らしさに感銘を受けたのがきっかけなんですよ」
女性はどこか誇らしげな笑顔になる。
その陰で、カフォラとユージーンは素早く視線を交わしあった。
(もしかして、“教会に認められた”夫婦のうちの一人かしら)
教会に潜り込んだら、過去の選抜者にも接触しなければとは思っていたが、まさか、こんなに早く会えるとは。
サン・フルーラ教会が恋人や夫婦に祝福を授ける場所であっても、教会の神職たちの色事や結婚は許されていない。だから、“教会に認められた”夫婦たちは教会の表側には出てこないだろうと予想していた。
しかし実際には、案内役などという最前面に現れるし、案内所の司祭もそれを当然だという顔をしている。
(件の夫婦たちは、意外と自由に動き回れるようね。もしかしたら、ナダル夫妻に近付くチャンスも多いかも)
なんにせよ、関係者と早々に接触できたのは幸運だ。何か情報を得られるだろうか。
女性から情報を得るなら、自分の役目だ。カフォラはそう思って身を乗り出した。
「そんな気持ちになるくらい、この教会は素晴らしいんですね! 楽しみだわ!」
両手を胸の前で組んで、瞳はまだ見ていないものを想像するように期待で輝かせる。
「あなたもご夫妻で参拝されたんですよね? 仲睦まじい夫婦になれたのでしょうか? 聖女フローラの祝福は、参拝すれば必ずいただけるのでしょうか?」
憧れの場所に来られて勢い余っているフリで、案内役の女性に近付く。
「ずいぶんフローラ様に期待されているのね、シオン夫人」
「ええ。子供の頃からずっと、聖女フローラのお話が大好きだったんです。いつか私もサン・フルーラ教会に夫婦で詣でるのが夢だったので、今日はとても嬉しくて!」
“シオン夫人”などと呼ばれるのは、たとえ役柄上でもイヤだ、という本心は隠して、カフォラははしゃいでみせる。
「それくらいにしておかないと、この方を困らせてしまうよ」
「……あ、そうですね。ごめんなさい。でも、聖女フローラの祝福をわたしたちもいただけるのか、とても気になってしまって」
夫にたしなめられてしゅんとしつつも、興味を抑えきれない様子のカフォラに、案内役の女性はくすり、と笑みをこぼす。
「その気持ちはわかります。わたしも参拝前は期待でいっぱいでしたもの。幸い、わたしたちは祝福を授けられて、夫婦二人でこの教会をお手伝いさせてもらってます。あなた方が祝福を受けられるかどうかは大司教様のご判断しだいですが、良い結果になるといいですね」
そこで再び、カフォラとユージーンは視線を交わした。
ユージーンも同じところに引っかかったようなのは癪に障るが、まずは内容を確かめる方が先だ。
「フローラの祝福を誰が授かるかは、大司教様がお決めになるのですか?」
「最終的な判断は神とフローラの御心だけど、そこまで導いてくださるのは大司教様です」
カフォラは頭の中で、サン・フルーラ教会の人事組織を見直していた。
サン・フルーラ教会の神職の頂点に立つ大司教は、確かレニエという人物だったはずだ。家柄や後援に恵まれたのか、才能があったのか、かなり若い年齢で大司教の地位に昇ったらしい。
その大司教が夫婦の選抜に関わっているとなると、最重要の調査対象だ。
「その大司教様にもお会いできるのでしょうか。サン・フルーラ教会の大司教様の説話は、ぜひお聞きしたいわ」
「近いうちにその機会はあると思います。あなた方の他にも、何組かの夫婦がいるから、みんな一緒に対面されるのではないかしら」
「他にもご夫婦がいらっしゃるんですか? その方たちも聖女フローラの祝福を……?」
教会に認められるには何らかの試験があるかもしれない、とは思っていた。もしかしてそれは、他の夫婦と張り合わさせられるようなことなのだろうか。
(本物の新婚夫婦と比較されるなんて、不利だわ)
カフォラは小さな不安に、眉根をわずかに寄せた。
「ええ。詳しいことはお部屋に案内してからにしましょうか。いつまでもここでお話しするのもなんですから」
「そうですね。すみません、妻は昔からずっと聖女フローラに憧れていて、フローラやサン・フルーラ教会の話になると止まらないんです」
「構いません。ここに来る方たちは、そういうお気持ちの方が多いし、わたしもそうでした」
「すみません。ありがとうございます」
「では、まずはお泊まりいただくお部屋に行きましょう。途中でいくつか教会の中もご説明するわ。正式な参拝は、明日改めて身支度してからの方がよいでしょう?」
「はい。そうさせてもらいます!」
女性が促すのに従って、カフォラは立ち上がろうとし。
「はい」
目の前に差し出されたユージーンの手のひらに、ぱちくりと目をしばたたかせる。
それから、はっと気が付いた。
(そうよ。わたしはこいつの“妻”なんだわ……)
たとえ本性では不本意だろうと、ここではユージーンを最愛の夫だと思っているフリをしなければならない。祝福を授けられる夫婦がどういう基準で選ばれるのかわからないが 、仲良い姿を見せておいた方がよさそうだ。
こくん、と小さく息をのんで気持ちを引き締める。それから、ユージーンにむかってにっこり微笑んでみせた。
「ありがとう、あなた」
ユージーンの手に指先を預ける。
(これでどう? 文句ないでしょう?)
心の中でユージーンに向かって得意気な顔をしてみせる。
すると、ユージーンはカフォラの細い指先を軽く握り返してきた。
『なかなかいい調子じゃないか』そんな風に言われた気がして、カフォラの競争心がまた熱くなった。
(こんなやつになんか、ぜったいに負けないんだから! 完璧な夫婦のフリをして、任務を成功させるのよ!)
もう何度目になるかわからない意気込みを内心に抱えたまま、カフォラはユージーンに従って歩き始めたのだった。
カフォラたちが案内されたのは、教会に併設された館の一室だった。
上流階級の参拝者が滞在するための館だからか、館の中もル・シェネらしい繊細で華やかな装飾で彩られている。宛がわれた部屋も、女性が好みそうな明るい色味の設えだ。居間と寝室の二間続きになっているようだったが、しっかり確認する暇はなかった。
自分たちだけだったら、まずは滞在場所の安全を把握するためにも、事細かに室内をチェックする。だが、案内してくれた女性がそのまま部屋に残って軽くお喋りしているうちに、別の女性が食事の用意ができたと呼びにきてしまった。
「食堂で、他のご夫妻もご紹介しましょうね」
食堂へ案内してくれる女性もまだ若かった。この女性もおそらく“教会に認められた”夫婦のうちの一人なのだろう。
再びユージーンにエスコートされながら、カフォラは食堂に入る。十人程度が座れる、小ぶりの部屋だ。
テーブルの一辺には、一組の夫婦がすでに着席していた。カフォラたちが扮しているのと同じような、年若く裕福そうな夫婦だ。
カフォラたちはその夫婦とは対角にあたる、入り口側の一辺に導かれる。
(わたしたちが一番下座ということは、一番格下ということね)
ユージーンに引かれた椅子に腰掛けながら、カフォラは先に来ていた二人にちらりと視線を向ける。
妻がふんわりとした茶色の髪で、夫が焦茶色の髪。ル・シェネ国らしい服装だが、色遣いはおとなしめだ。
その二人もカフォラたちが気になっていたのだろう。妻の方と目が合う。すると、にこりと柔らかく微笑まれた。
(感じの良い夫婦)
カフォラも笑顔で目礼しながら、そんなことを思う。
カフォラの隣にユージーンが着席したところで、食堂にもう一組夫婦が案内されてきた。
「ずいぶん待たされたわ。それなりの物が用意されてるんでしょうね」
横柄な声とともにやってきたのは、金髪の女性だった。はっきりとした顔立ちと華やかな服装で、ぱっと周囲の視線を引く。夫の方も妻に劣らず派手な雰囲気だ。
二人は先に来ていたカフォラたちにも、もう一組の夫婦にも目をくれず、当然のように上座へ腰を下ろした。
(……こちらはまたずいぶんタイプが違うのね)
その二人でメンバーはすべて揃ったのだろう。入り口の扉が閉まり、代わりに奥の扉から数人が入ってきた。
僧服姿の男性司祭が二人と、若い夫婦らしき男女が二組。女性のうちの一人は、先ほどカフォラたちを食堂へ案内してくれた人だった。その男女二組は、サン・フルーラ教会の紋章が入った襷を掛けている。
司祭の一人が場を代表しているようだ。一歩前に出て口を開いた。
「皆さん、当サン・フルーラ教会へようこそおこしくださいました。神と聖女フローラに篤い信仰をお持ちの皆さんを、教会は歓迎いたします」
司祭はぐるりと見回して言葉を続ける。
「すでにお聞き及びかと思いますが、この教会では、特に聖女フローラの僕に相応しいと認められる夫婦に特別な祝福を授けています。ここにお集まりの三組のご夫婦は、その候補です。この教会に滞在されている間に、特別な祝福を授けるに値するかどうか判断させていただきます」
おおよそ事前調査でわかっていたこととはいえ、教会の人間からはっきりと述べられると、重みが違う。
いよいよ核心に近付いてきた——カフォラは膝の上で重ねていた手をぐっと握り締めた。
その手に、ふわりと温かい何かが重なる。
(えっ?)
司祭に注目していた視線を慌てて下げる。
カフォラの両手を優しくおおっていたのは、ユージーンの手のひらだった。
握るほど力は込めず、そっと重ねるように乗せられた手。
手から力みは抜けたものの、彼の行動の意味がわからない。カフォラは思わず隣に座るユージーンの顔を見上げる。
ユージーンは、その青紫色の瞳を優しく細めてカフォラを見つめていた。心配することないよ、と新妻を力づけるような温かい眼差しだ。
それがあまりにも自然すぎて、カフォラはかえってはっとなった。
(ああ、そうか。緊張する妻を気遣う優しい夫のフリなのね)
そういうことなら、カフォラも合わせないといけない。
手のひらを反対向きにして、ユージーンの手に触れ返す。そして、はにかむように微笑み返した。
ユージーンはそんなカフォラに頷いて返す。
それでいいんだよ、と先輩の余裕を見せ付けられた気がして、カフォラは内心でまた顔をしかめた。
そんなカフォラたちを司祭も見ていたのだろうか。しばし止まっていた説明が再開される。
「各ご夫婦を紹介しておきましょう。こちらのお二人は、ノクシタニアからお越しになったカタローナ家のアランとジュリエッタ夫妻です」
最後に着席した、気が強そうな夫婦がまず紹介された。二人とも他の候補者には興味がないとでもいうように、つん、と顎をあげたままだ。
ノクシタニアはル・シェネの隣にある、経済が発達した金融国だ。その国での有力家系ということは、実家はかなりの資産家に違いない。改めて見れば、衣服も装飾品も手の込んだ物ばかりで、彼らの居丈高な態度もさもありなんだ。
次に司祭は感じの良い二人を示す。
「そちらの二人は当ル・シェネ国バーデン家のジョルジュとマリアンヌ夫妻です」
二人はテーブルについている面々に、柔らかい笑顔で会釈する。
バーデン家といえば、ル・シェネでそこそこ名の通った名家だ。ジュリエッタたちも興味が湧いたのか、マリアンヌたちをじろじろと眺めていた。
そして司祭の紹介はカフォラたちの番となる。
「最後がそちらのお二人。オルテン国シオン家のユージーンとカフォラ夫妻です」
カフォラたちもその場の人々に軽く会釈する。
しかし、ジュリエッタは明らかに小馬鹿にした顔になった。
「オルテン? ああ、山ばかりの小国ね。そんなところから来た人たちと比べられなきゃならないの? わたくしたちが負けるはずないでしょ」
カフォラたちにもはっきりと聞こえる声で、そう言い放つ。
(……ずいぶんと自信があるのね)
普段のカフォラだったら、にこやかに微笑みかえしながらも、何らかの言葉の反撃をしただろう。
だが、今は潜入中の身だ。あまり賢しらなことを言って注目を集めるのもよくない。
とりあえず、困ったような顔をして、眼差しを伏せる。隣に座るユージーンも、特に反応を見せなかった。
「あの……祝福を授かるのに相応しいかどうかは、どうやって判断されるのでしょうか?」
そのとき、マリアンヌが控え目に口を挟んだ。カフォラたちを気に掛けてくれているのか、ちらちらと視線を感じる。
「私たちサン・フルーラ教会の神職がお二人の行動をよく見させていただきます。それからここにいるご夫婦始め、教会内には幾組かすでに祝福を授かった者がいます。彼らにもあなた方の様子を観察してもらいます。日頃の様子以外に、明日には大司教様も出席されるお茶会を、明後日の夜には過去の選抜者も参加するちょっとしたパーティを開く予定です。そこでの様子も審査対象になります」
「私たちの行動で判断されるということでしょうか?」
「はい。お二人が互いを想いあう様子が、聖女フローラの庇護に相応しいものであれば、それ以外は問いません。大司教様のお話を伺う機会もありますが、聖女フローラの説話を理解していただければ、その理念はお分かりいただけると思いますよ」
司祭の言葉に、マリアンヌはカフォラたちをそっと見て、良かったというように頬を緩めた。
一方のジュリエッタたちは、明らかに不満そうに眉を寄せる。自分たちの出自が有利にならないのが気に入らないのだろう。
ふと、隣のユージーンが動く気配がした。
何だろうと思ったときには、カフォラの左手が優しく持ち上げられていた。
「そういうことなら、ひと安心だ。僕が君を想う気持ちなら、誰にも負けないからね」
そう囁かれる。
(また、心にもないことを……)
内心では苦く顔をしかめながらも、表面的には笑顔で礼を言おうとユージーンを見返したとき。
「!?」
ユージーンの唇が、カフォラの指先に軽く触れていた。
思わず手を引っ込めかけたカフォラだったが、指先をしっかりと捕らえられていて動かせない。
「もちろん、君もそう想っていてくれるよね」
そんなことを囁きながら、握った手越しにじっと見つめてくる。
透き通る青紫の瞳を向けられて、ユージーンの触れている指先部分に急に血が集まりだした。そこが熱を持って、どくどくと脈打ち始めた気がする。
つられて頬も熱くなってしまいそうで、カフォラは慌てて続ける言葉を探した。
「あなた……っ。皆さんがいる場所で……っ」
「ああ、そうだね」
カフォラの小さな抗議に、ユージーンはあっさりと指先を解放したが、彼の手はそのままするりとカフォラの背後に回り、背中に添えられる。
カフォラは心の中で自分を叱咤するが、熱くなった頬はすぐには冷めない。
——甘い言葉の洪水は、聞き流せばやり過ごせる。でも、あんなとろけるみたいな視線はダメだ。
うっすら赤い顔を隠したくて、カフォラは固くなって俯く。端から見れば、その姿こそ、夫の言葉に照れてしまった新妻らしい様子だったのだが、それには思い至らなかった。
それから、はっとなって周囲を見回す。
最初に目が合ったマリアンヌは、大きく見開いていた目を慌ててしばたたいて、気まずいものを見てしまったことをごまかしていた。
ジュリエッタは、むっと口を歪めたあと、負けるものかというようにアランの腕に自分の腕を絡める。
そして司祭と過去の選抜者たちは、興味深そうにカフォラたちを見ていた。
今のユージーンの行動が、審査員たちにどう評価されたのかはわからない。だが、少なくともマイナスにはなっていなさそうだ。
(い、今だけよ…………こんなことを許すのはっ!)
そう自分に言い聞かせて、カフォラは必死に堪えていたのだった。