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【5】

「そういえば、カフォラ。君にひとつ感謝したいことがあったんだ」

「え?」

 並んで馬を進ませていたら、ユージーンに突然そんなことを言われて、カフォラは思わず握っていた手綱に力を込めてしまった。

 指示に忠実な馬が足を止めかけたので、慌てて首筋を撫でて歩き続けさせる。

「ああ、ごめんね。違うの。そのまま進んで」

 二人と二頭の馬は、ル・シェネからオルテンに続く街道を真っ直ぐに進んでいた。今は、パーティの夜、教会を脱出してから二日後の昼間である。

 あの後、部屋に戻った二人は早々に荷物をまとめ、夜中にも関わらず従者共々教会を出て、郊外の支援要員の屋敷に移動していた。

 カフォラが奪取した宝珠の中身は、件の香の塊だった。それだけで何かの明確な証拠にはならないが、催眠作用のある香を使ってレニエが何かしようとしていた嫌疑の材料にはなる。

 それらの保管や、事後の状況確認、後始末に翌一日を費やし、カフォラたちは今朝になってオルテンへの帰路に着いた。レニエの地位や、サン・フルーラ教会の今後、半ば洗脳されていた祝福の選抜者たちの行く末など、気になることはあるが、それをどうするかはカフォラたちの任務の範囲ではない。

 レニエは、いくら縁故が強いからといっても、おそらくサン・フルーラ教会の大司教の任は解かれるだろう。若い夫婦を集めていたこと自体はどこまで教会の規律に違反しているかわからないが、私服を肥やしていたことを責め立てて彼を追い落とそうとする競争相手は多いに違いない。

 選抜者たちは、おそらく各実家に連れ戻されるだろう。それから婚姻を解消させられるのか、あるいは各家の不始末として何らかの処断をされるのか。それは各家々の判断だ。

 それらの結果は、そのうち各地の支援要員から、オルテン第九師団の師団長宛に報告されてくるだろう。

 ひとまずは任務を無事に終えた安心感に心も軽くなって、馬の背で感じる風も爽やかに進んでいるところだった。そこへいきなり言われた言葉に、カフォラが戸惑ったのも無理はない。

「唐突に何の話なの、ユージーン?」

「一昨日の夜、聖堂の仲で、君がレニエにはっきり言ってただろう。僕を『信じる』って。あれは、嬉しかった。ありがとう」

 パーティ会場のバルコニーで見せられたのと同じ柔らかい笑顔を向けられて、カフォラは一気に頬が熱くなった。

 しかも、薄暗がりだった先日と違って、今は陽光が降り注ぐ昼下がりである。隠しようがなくて、カフォラは顔を背けるしかない。

「あ、あれはっ。あの状況では、そう言うより他ないでしょう! じゃなきゃ、密偵を見くびったレニエの言うことを認めちゃうわけで……だからっ、別に、本当に信じてたかどうかは、関係なくて……っ」

 そうだ、孤児院の院長も言っていたではないか。『嫌いな相手でも能力は信じる』と。今回だってそうだ。ただ単にユージーンの能力を認めているだけで、彼自身を信じるかどうかは別問題だ。

 ユージーンとは反対背景を向いてしどろもどろに言葉を紡ぐカフォラの様子に、ユージーンはくすり、と笑いをこぼす。

「でも、期待通りに、ちゃんと君を助けようとしただろう?」

「それは……感謝してるわよっ! でも、あなたのことだもの。相棒のわたしが失敗するのも許せなかっただけでしょっ」

「そんなことないよ。僕は純粋に君の心配をしてたというのに……やっぱり君はまだ僕のことを信用できない?」

 そう尋ねるユージーンの声は、ひどく寂しそうに聞こえて、カフォラの胸を抉ってきた。

「そ、そういうわけでも、ないこともないけど……」

「なら、信じてくれる?」

 顔を逸らしていたカフォラの視界には入らなかったが、ユージーンの瞳はバルコニーで見た、すがるような色をしているだろうことは丸わかりで。

 それを見捨てるほど、カフォラは非情にはなれなくて。

 唇を一度噛みしめてから、思い切って息を吐き出す。

「……あなたがわたしを信頼するなら、信じてあげないこともないわよっ」

「じゃあ、信頼しよう」

 即座にあっさり返された応えに、カフォラはついユージーンの方に視線を戻してしまった。

 そこには、いつもの穏やかな優等生の表情のユージーンがいて。けれど青紫の瞳は、いたって真剣な光を湛えていた。

「な、何、その“ついで”みたいな言い方!」

「そう? 本気なんだけどな。君の信頼が得られるなら、僕はいくらでも君を信じるよ」

「言ってることに重みがないわよ……やっぱり、あなたとなんか馴れ合えないんだからね、ユージーン!」

 そう言い切ると、カフォラは手綱を軽く振った。煽られた馬の足が早まって、ユージーンを置いて先に進む。

 背後から楽しそうな笑い声とともにユージーンが追ってくる気配を感じたが、けっして振り返らなかった。

 『いくらでも君を信じる』——その言葉に、思わず緩んだ頬を見せるわけにはいかなかったから。

 

 

 

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