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【4】

 ついに順番が回ってきて、カフォラは息をのむ。

 もちろん答えは決まっている。任務である以上、ここで拒否することはあり得ない。

 そっとユージーンを見上げる。ユージーンもカフォラを見返す。その表情は一見、カフォラを気遣うような、苦悩するような複雑さだ。

 だが、カフォラにだけ見える青紫色の瞳には、はっきりとした意志が浮かんでいる。彼も任務をよくわかっている。

 ユージーンがカフォラの背を軽く抱きしめてから、聖堂の方に促す。カフォラも小さく頷いて一歩を踏み出す。

「わたしは、やります」

 その回答に、レニエの細い目がいっそう細くなった。

「ほう。あなた方が一番、香の効果が薄いと思っていたのですが……それは、夫婦二人の意志ということでよいですね」

「ええ。僕たちは、この教会に来て、祝福をいあただけるかどうかがが大きな賭けでした。その賭けに勝つためにも、挑戦するべきだと思っています」

 含みを持たせたユージーンの言葉に、レニエは勝手に推測してくれたようだ。

「ああ、貴方はご実家で事情をお持ちのようでしたね。先ほどそれで何やら揉めていたようですし。よろしい。どうぞ挑戦してみなさい。無事に成し遂げられれば、祝福の秘密はあなた方夫婦にも明かされます」

 そうしてレニエが合図すると、控えていた傭兵の一人が聖堂前の柵を除いた。

「どうぞ」

 レニエに促されて、カフォラとユージーンは手を取り合ったまま聖堂内に足を進めた。

 繊細な模様の描かれた床面のタイルが、二人の足音を跳ね返す。

 蝋燭の灯りは聖堂内すべてを照らすには数が少なくて、そこここに暗がりがわだかまっている。見上げても聖堂の円天井は曖昧で、宝珠と頼りない木板が逆向きに吸い込まれそうな気配だ。

(昨日の昼間に見たときは、床から宝珠まではせいぜい人の背丈の三倍。ブランコのロープはしっかりしてそうだから、たいした危険はないわ)

 上流階級の少女には恐怖でしかないだろうが、カフォラには何のことはない。が、それをそのまま表しては不審がられる。怖がっている素振りは続けていた。

「あの、まずはどうやってあそこに登ったらよいのでしょうか?」

 そう尋ねたとき、ガラガラ、と何かが回る音が鳴った。

 見上げると、宝珠とブランコの両方が低く下がってきている。音はどこかで滑車が鳴っているのだろうか。

 音が止んだとき、宝珠は床から手を伸ばして少し届かない高さに、ブランコの方は難なく腰掛けられる高さにまで下りていた。

「あの、これは……?」

「最初の高さは、皆さんの覚悟を確かめるためのものです。実際にあの高さまで登ったら危ないですからね。この高さなら、少し頑張れば宝珠に届くはずです」

(なーんだ。そういうこと)

 過去の選抜者たちが皆、この試練をどう乗り越えてきたのか不思議だったが、こういう配慮があれば納得できる。

「低くなったとはいえ、気を付けてね、奥さん」

「ええ。ありがとう、あなた」

 ユージーンに導かれて、ブランコに腰掛ける。木板の厚みはしっかりしていてロープも太い。座る分には、心許ないことはない。

「じゃあ、僕がロープを引けばいいんだね」

 そう言いながら、ユージーンがカフォラの傍を離れたときだった。

 がくん、とカフォラの身体が揺れ、ガラガラガラっ、と先ほどよりも勢いよく滑車の回る音が響いた。

「!?」

「カフォラ……っ!」

 カフォラが腰掛けたままのブランコが、ぐんぐんと空中に持ち上げられていく。

 振り落とされないようにロープをしっかりと握っているうちに、ブランコはどんどん持ち上がり、再びがくん、と衝撃があって止まったときには、最初に宝珠が吊り下げられていたのと同じくらいの高さになっていた。

 見下ろすと、ユージーンもレニエも、驚いたようにこちらを見上げている。

 けれども、周囲の傭兵たちは驚いた様子はない。よく見れば、ロープを引っ張ってブランコを持ち上げたのは彼らのようだ。そして一歩離れて控えていたリオネルは、いたって冷静な眼差しでカフォラを見ている。

 北国の空のような鋭い薄青色の瞳と目が合って、カフォラは背筋にひやりとしたものを感じた。

「おい、リオネル! 何をしているんだ!」

 レニエの叱責にも、リオネルは平然としている。

「この程度の高さでは、顔色ひとつ変えないな。やはり、普通のお嬢様じゃないようだ」

 掠れ気味の声でそう言われて、カフォラの指先が強張る。

「……な、なんのことかわかりません! 早く降ろしてください!」

「わざとらしい演技は終わりにしたらどうだ。どこの手の者か知らないが、正体を現せ。嫁だけでなく、そっちの旦那の方もな」

「……どういうことだ、リオネル? シオン家の夫婦が何だと言うんだ!?」

「その家名も名前も、本当かどうか怪しいものだ」

 状況がわからず騒ぎ立てるレニエを横目に、リオネルは冷めた目線でユージーンを見つめる。

 空中に吊り上げられたままのカフォラも、この事態にユージーンがどう対応するかわからず、ただ固唾をのんで見ているしかできない。

 当のユージーンは、静かな態度を崩さず、いつもの彼らしい穏やかな表情で佇んでいた。その穏やかさのまま、リオネルに話しかける。

「別に素性を偽っているつもりはないんだけど……」

「ふん。白々しい」

「昨日の夕方から疑っていたのか?」

「昨日は疑うほどではなかった。だが、さっき香の効果が薄そうなわりに試練を拒否しなかったのが気になった。過去の夫婦は、香の影響でもっとイッた(・・・)顔をしてたからな」

「そうか。それを真似するのはさすがに難しいな。あの香はユイカ草の抽出物だろう。効果の個人差が大きいが、効く相手には、定期的に嗅がせれば言いなりにできる。そうやって各地の名家の子息たちの中から、自分に忠実な取り巻きを作って何がしたかったんですか、レニエ大司教?」

 いきなり自分に話題を振られて、レニエは慌てる。

「な、何を……そんなことに答える義理はありません! それよりお前は、いやお前達は何なのです。何を探っている? 誰の差し金です? メルツィヒ教会のフェルナンド大司教か? それともコンダミーヌ総教会のカナン司教か? いや、もしかしたらナルボネンスの……」

「ずいぶんと敵が多いようですね……ご安心を。僕たちは教会関係者ではありません。この教会に滞在させられているとある夫婦を心配した家族に、様子を見てくるよう頼まれただけです」

 ずいぶんとマイルドな表現だが、大筋は間違ってはいない。

「そ、そうですか。それなら別に、祝福を授けた夫婦に何もひどいことはしていないとわかったでしょう? 彼らは自分の意志で教会に残っているんです」

「香で操っておきながらですか?」

「操るというほどではありません。彼らはもともと、教会や奇跡の力に頼りたかった人々です。自分の境遇に不満を持っていて、しかしそれを自分でどうにもできなかった。私は彼らの話を聞いてやり、香の力を借りて、心の重荷を軽くしてやっただけです!」

 カフォラは空中に吊り上げられたまま、下方から聞こえてくるやり取りを見守るしかない。パーティでクリスティーヌが言っていたことを思い出した。

(『聖女フローラのご加護が得られれば、本当に気分が変わります』か……そういえばナダルも、似顔絵と比べるとずいぶんと自信のある顔付きに変わっていたものね)

「その代償として、資金や領地を受け取って私腹を肥やしていたと。各国の政治情勢まで知ろうとしていたのはなぜですか?」

「それは、ほんのついでです。私はこの先十何年もこの教会に縛り付けられている。それをただ安穏と過ごすのは退屈で、苦痛でしかありません。だから、少しでも自分に有利になるよう情報を集めようとするのは当然でしょう」

「それでこれほどの仕掛けをわざわざ用意したと? 聖女の特別な祝福なんてものまででっちあげて?」

「時間はたっぷりあるので。もっともらしい理由があった方が、集った夫婦達も寄進しやすいでしょう」

「なるほど……そういうことであれば、これ以上我々が立ち入って調査するほどの裏はなさそうですね。わかりました。それでは、僕たちはこれで切り上げます」

「切り上げる? このままノコノコとあなた方を解放するとでも思っているのですか?」

 レニエが歪んだ笑みを浮かべた。

 それにユージーンは、軽く肩をすくめる。レニエを通り越して、背後にいるリオネルを見やる。

「貴方や教会に危害を加える気はないので、すんなり帰していただけると嬉しいのですが。できればそちらの傭兵とはやり合いたくないですし」

「俺も無駄な争いはしたくないが、雇い主の意向は無碍にはできんのでな」

 小さくそう呟いて、リオネルは部下たちに合図を送る。

 すると、再びガラガラと滑車が鳴り、カフォラの身体が更に持ち上げられはじめた。

「……っちょっ! 何するの!?」

 滑車が止まったのは、天井近くまで吊り上げられたところだった。もう床よりも天窓の方が距離が近い。もしここから落ちたりしたら、いくら身ごなしの軽いカフォラでも無事では済まない。

「このロープは、宝珠とあのブランコの両方に繋がっている。このロープを引けば、宝珠が上がる代わりに、ブランコが下がってくる。予定していた試練どおりに、宝珠とブランコが同じ高さになったところで宝珠の中身にも手が届くはずだ。更にロープを引けば、ブランコは床まで下がってくる。そうすれば女も助けられる」

 一本のロープを片手に、リオネルがゆっくりと説明する。

 そのロープと、上空のカフォラを交互に見やりながら、ユージーンは溜め息をついた。

「だが、そうやって彼女が無事に下に降りてくるまで大人しく見ていてくれるわけじゃないだろう?」

「作業を邪魔するほど人情がないわけじゃない。だが、お前がロープを持てば、支えている他の部下たちの手は空くからな。その間に俺の周囲に控えておくくらいはできる」

「そして、彼女が戻ってきたとたんに、二人まとめて捕らえようという魂胆か」

「もしくは、あの女をそのまま置いて、先に一人で出て行けばいい。今ここにいる人数程度なら、躱して逃げ切れるだろう」

 カフォラは上から聖堂内を見回す。薄暗い空間だが、動いている人影は数えられる。

 傭兵の数は、天井沿いの通路に四人。床面にはリオネル以外には一人しかいない。通路にいる傭兵たちが下に降りる前なら、ユージーン一人で脱出できないことはないだろう。

「捕まりたくなかったら、さっさと一人で逃げたらどうです? 密偵なぞ、自分の身が危うくなれば、仲間でも平気で見捨てていくものでしょう。あんなに鬱陶しいほど仲睦まじそうな夫婦の様子も、すべて演技だったのなら、助ける義理もない」

 レニエがあざ笑うようにカフォラをちらりと見た。

 カフォラは唇を噛み締める。

 客観的にみれば、レニエの発言は間違ってはいない。密偵の任務は、いかに失敗なしに完遂するかが第一優先だ。捕らえられた仲間を助けることよりも、情報を持ち帰ることの方が大事だし、もし命令主の情報が漏れる可能性があれば捕まった者を消すことも考えられる。カフォラ自身、密偵としてそういう教育を受けてきている。

 まして、カフォラとユージーンは、けっして互いを信頼しあっている相棒ではない。カフォラはユージーンを嫌っていたし、ユージーンだってカフォラを密偵仲間として認めているようには思えない。パーティ中にようやく少し歩み寄れた気はするが、その程度の相棒だったら、切り捨てた方が面倒は少ないはずだ。

 そんなカフォラの躊躇いを汲み取ったのか、レニエはせせら笑いながら続けた。

「貴女だって、密偵なんていう欺くことが仕事のような人間が助けてくれるだなんて思っていないはず。本物の夫婦ではあるまいし、相手を信じるなんてできないでしょう?」

 密偵という存在を見下したレニエの言い様に、カフォラの中の密偵としての矜持が大きく反発した。

「……信じるわ!」

 かっとした勢いにまかせて、大きく叫ぶ。

(……彼を任務の相棒として信頼するかどうかはともかくとして。彼が任務の失敗を大人しく受け入れるはずがないということは、信じられるわ!)

 心の中で、そう補足した。

 すべてをそのままに放り出して逃げ出すなんて、あの完璧主義のユージーンがするはずがない。さらに彼のことだ。自分が組んだ相棒を切り捨てて帰郷することも、簡単に受容するとは思えない。仕事を始める前に、相棒になるカフォラの力量をわざわざ確認したくらいなのだ。

 そう考えると、ユージーンがカフォラを助けようとする可能性は十分にある。たとえそれが、カフォラ自身のためではなくても。

 そして、カフォラもこのまま大人しく宙吊りにされている気はない。

(単純に飛び降りる訳にはいかないけど、どこかに引っかかるところがあればなんとか……それに、宝珠の中身も気になるわ)

 宝珠の中に入っているものを確保できれば、レニエの行状の証拠になる。オルテン第九師団には、彼のやってきたことを裁いたり訴えたりする権限はないが、証拠を入手しておけば何かと有利なことはあるはずだ。

(ユージーン・ド・シオンは、どう動く……)

 彼の動きに合わせて、カフォラも何らかの行動に出たい。無意識に左手首に右手を伸ばしながら、カフォラは下方で佇む青年を見つめる。

 そんなカフォラの態度を、レニエは仲間に縋っているとでも捉えたのだろうか。

「おやおや、ずいぶんと仲間想いですね。ですが、お相手の方はその期待に応えてくれるものか……」

 嘲るレニエの声に被さる形で、その時、静かな声が割り込んできた。

「あいにく、僕は相棒の信頼を裏切るようなことはしないよ」

 ユージーンがリオネルに向かってゆっくりと歩き出す。

 ロープを受け取るため手の平を差し出しながら、カフォラの姿を確かめるためか、上空を見上げる。

 青紫の瞳が、カフォラを真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥に宿る意志に、カフォラは息を飲む。

「……カフォラ!」

 リオネルからロープを受け取った瞬間、ユージーンが鋭く叫んだ。

 間髪入れずにカフォラは木板の上に立ち上がる。そのまま左手首の腕輪から糸を伸ばし、大きく振り下ろす。

 ユージーンは腰を低くして、懐から取り出した長針を四方に投げつける。

 針が天井沿いの通路にいた傭兵たちに届いたと思ったときには、傭兵たちはその場に頽れた。

 ユージーンがもう一度懐から針を取り出している間に、カフォラの糸は煌めきながら大きく弧を描いて宝珠の根元を掠る。

 そこで手首に力を加えて、糸の先を自分の方に引き寄せつつ、カフォラは揺れる木板を思い切って蹴った。

 黄色いドレスの裾が、空気を孕んで大きく広がる。

 その間に、ユージーンの長針が、再び空を閃いて飛ぶ。

 今度はレニエと地上にいたもう一人の傭兵が踞る。強い痺れ薬を塗ったユージーンの針が、正確に彼らの首筋に刺さっていた。即効性の薬に、皆、膝をついて耐えるしかない。

 けれど、最後の一本は、固い金属音とともに床面に弾き返される。

 リオネルだけは、引き抜いた剣でユージーンの長針を叩き落としていた。

「やはり、君には通じなかったか」

「俺以外の六人を一瞬で動けなくするとは、たいしたものだ」

 ユージーンとリオネルの視線が交わって、冷たい火花が散った。

「ユージーンっ!!」

 そこに、カフォラの声が響く。

 木板と宝珠を繋いでいたロープに飛び移ったカフォラは、そのロープで落下の衝撃を緩和して、さらにもう一度ロープを移る。

 ユージーンが支えていたロープを最後の手懸かりに、カフォラは空中に飛び出していた。

 今度は裾の広がりを押さえて、膝を抱えてくるり、と回転する。そうして身体の向きを整えて、ユージーンのすぐ隣に軽やかに降り立った。片腕には、宝珠を抱えている。

「お見事。さすがだ、カフォラ」

 すくり、と膝を伸ばしたカフォラに、ユージーンはお馴染みの穏やかな笑顔を見せた。

 その笑顔に、なんだかとても勇気付けられた気がして、けれど素直に認めるわけにはいかなくて、カフォラも、いつものようにぶっきらぼうに返す。

「これくらい、たいしたことないわっ。 あなたがのんびりしてるから、自分で降りてきただけよ!」

 そんなカフォラの態度も、ユージーンは馴れたもので、気を悪くした様子もない。

「それはお待たせして悪かったね」

「待ってなんかないわよ!」

「はいはい……さて、リオネルだったかな。二対一になったけれど、どうする?」

 カフォラと軽口を交わしていたものの、リオネルと対峙するユージーンの身体に隙はなかった。そしてカフォラも、リオネルに向かって鋭い視線を向ける。

 リオネルは長剣を構えたまま、二人を見据えた。

「お前たち二人とも、そこいらの密偵じゃないな。ナダル・ド・バルビエールと関わっていたが、ナダルの実家は確かオルテン……まさか、オルテンの第九師団か?」

 無所属の傭兵隊の長でしかないリオネルが、オルテン第九師団の存在を知っているとは、意外だった。もしかしたら元々はそれなりの組織に所属していたのかもしれない。今は詮索するときではないが。

「あいにく、その質問には回答できない」

「だろうな……しかし、第九師団が出張ってくるとなると、相手が悪い」

 リオネルは構えていた剣を下ろした。鞘には納めていないが、身にまとっていた切れそうなほどの緊張感は消えている。

「俺の部下たちは、動けなくなってるだけか?」

「痺れ薬だから、命に別状はない。小一時間もすれば痺れは消える。レニエ大司教だけは、身体を鍛えていないだろうから、その倍くらいかかるかもしれないが」

「それならいい。俺たちもここから撤退することに決めた」

 踞っていたレニエが、その言葉に顔を上げた。痺れ薬に歪んだ顔が、怒りで更に皺を刻む。

「ど、どういうことだ……!?」

「悪いが、今回の仕事は降ろさせてもらう。違約金は契約通りに前金の半分だ。それを残して出て行かせてもらう」

「そんなことを許すとでも……っ!」

「あんたも、俺たちに関わってるヒマはなくなるはずだ。オルテンが介入したとなったら、今までは様子見で済ませていた選抜者の実家も、次々と実力行使に出てくるぞ」

「……何だと!?」

「オルテンが関わるというのは、そういうことだ。なあ?」

 皮肉げな笑みを向けられて、ユージーンは静かに首を振る。

「何のことかわかりません」

「ふん。かわいげのないヤツだ。とにかく、俺たちはこれで手を引く。だから、お前たちも早いところ消えてくれると助かるんだが」

「言われなくてもそうするよ。君と対決しないで済むなら、それに越したことはない」

「交渉成立だな。じゃあ、俺たちはここまでだ」

 それだけ言い置いて、リオネルは踵を返す。後方に膝をついていた一人の部下を引き摺るように抱え上げて、聖堂から出て行く。

「……お、おい。待てっ、リオネル! 私を置いていくな! どうするつもりだ……っ!」

 取り残されたレニエが情けない声を上げるが、リオネルはもう振り返らなかった。

「あ、あなた方も、こうなったら祝福は無条件で授けますから! だから、まずは私を助けなさい……!!」

「祝福とやらは、もういただいていますよ」

 ユージーンがカフォラが腕に抱えていた宝珠ごと、カフォラの肩を軽く引き寄せる。カフォラは、宝珠を抱える腕に力を込めた。

「そのうち、司祭の誰かが様子を見にきてくれるでしょう。それ前に僕たちもお暇させてもらいます」

 そうして、ユージーンはカフォラの肩を抱いたまま、聖堂の外に向かって歩き出した。

 なぜ寄り添って歩かなければならないのか、カフォラは抗議したい気持ちが溢れそうだったが、ひとまずはユージーンに従って足を進める。

 背後から、まだ何やら喚くレニエの声が聞こえていたが、二人とも振り返ることはなかった。

 

 

 

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