【2】
「今夜のその姿も、とっても可愛らしいよ、愛しい奥さん」
「……ありがとう。あなたも素敵よ」
ユージーンの相変わらず甘やかな言葉に内心でうんざりしつつも、ほんの隅っこのあたりではそんな睦言にどこか馴れてきている。
そんな自分に気が付いて、カフォラは震撼した。
(ダメよ、こんなのに順応したら。お芝居にしろ現実にしろ、こんな甘ったるいのが普通なはずないんだから)
そこで思わず首を振ってしまって、隣に立つユージーンに心配そうな顔をされた。
「どうかした?」
「な、なんでもないわっ。それより行きましょう!」
「そう? ならいいけれど」
まだ気にした様子を残しつつも、ユージーンはカフォラの手を取って足を進め始めた。カフォラもそれに大人しく従って、パーティ会場の中に入っていく。
カフォラは新妻らしく、若々しい黄色の薄布を何枚も重ねた軽やかなドレス姿だ。カールして結い上げた濃茶の髪には共布で作った花飾りを着け、開き気味の首元や細い手首にも同じ布をリボンにして結んでいる。
ユージーンも華やかな夜会服を纏っていた。首元のタイや胸元の飾りを“妻”のドレスの布と合わせることで、仲睦まじさを演出している。
パーティが開かれているのは、聖堂のすぐ隣にある建物だ。
ル・シェネらしい繊細で華やかな装飾が目いっぱい施された広間は、かなり大人数の催しでも平気そうな広さがある。今夜は、祝福の関係者のみでそこまでの人数ではないからか、広間の半分ほどを衝立で区切るようにして使われている。
とはいえ、パーティそのものは上流階級に相応しい華々しさだ。
たっぷりと用意された豪華な料理と飲み物。心地よい音楽を奏でる室内楽団。蝋燭も惜しげもなく焚かれて、昼間のように明るい。主催する教会とレニエ大司教の財力の豊かさが充分にわかる。
参加者たちも、皆、パーティの華やかさを盛り上げる身形だ。
各夫婦たちは、それぞれに色鮮やかで手の込んだドレスと夜会服に身を包んでいる。
大司教を始めとする聖職者たちも、僧服ではあるが、煌びやかな正装だ。
(……気後れしないのよ、カフォラ。パーティに慣れてる態度でいなきゃ)
カフォラがこんなに大きなパーティに出席するのは、任務でも初めてだ。うっかりすると雰囲気にのまれそうで、こっそりと唇を噛んで背筋に力を込める。
ふいに、その背中に温かな手が触れてきた。
その手に背中を支えられた気がして、カフォラは榛色の瞳を見開く。
(……え?)
隣に目をやると、ユージーンが柔らかい微笑みを向けてきていた。形良い青紫の瞳は、蕩けそうな甘やかさを含んでいる。
その瞳の甘さに、カフォラはかえって意識をはっきりとさせられた。
(ああ、そうか。妻を気遣ったフリか。……そうよね。今のユージーン・ド・シオンが、わたし個人にどうこうするはずなかったわ。わたしを力付けてくれるわけないじゃない)
そうだ。ユージーンに負けているわけにはいかないのだ。
そう思ったら、すとんと気持ちが落ち着いた。
「行きましょう、あなた」
手を預けていたユージーンの手のひらを軽く握って、カフォラも甘い笑顔を返す。
ユージーンは軽く目を大きくして、それから心得た、というように頷いた。
二人並んで、ユージーンにエスコートされながらゆっくりと会場を進む。
形式張った会ではないので、出席者はみな思い思いの場所に立って、近くにいる人たちと談笑している。
カフォラたちも、見知った顔触れから順番に挨拶していく。
教会に到着した日の案内役だった女性と彼女の夫。説明役の司祭。……会場の奥の方には、大司教レニエがいる。彼の近くには、既にジュリエッタ夫妻が場所を占めて、高らかな声音で話しかけている。その大司教の周囲に、カフォラは鋭く視線を走らせた。
(さすがに、パーティの場には傭兵は出てこないか)
会場から見える範囲には、リオネル始め傭兵たちの姿は見当たらない。会場の警備自体は、ところどころに教会専属の衛兵が立っているのみだ。
しばらく大司教への挨拶は難しそうだと判断した二人は、もう一人のターゲットに向かうことにした。
ナダル・ド・バルビエール——今回の任務の、そもそもの切っ掛けを作った青年。
肩にかかる程度の焦げ茶色の巻毛と、眉と顎のしっかりした顔立ち。そのわりにはどこか自信なさそうな目許の青年は、会場の中程で、幾人かで固まって立ち話をしていた。隣に寄り添う金髪の女性が、妻のクリスティーヌだろう。
ユージーンが先導する形で、にこやかに挨拶しながらナダル達に近付いていく。
(ナダルからは、祝福の内容とレニエ大司教に何を依頼されているかを引き出したいわね)
事前の打ち合わせでユージーンと示し合わせていた要点を反芻しながら、カフォラはそのユージーンに大人しく従う妻を装っていた。
「はじめまして、ナダル様」
ユージーンの人当たりの良い笑顔のおかげか、ナダルも後輩になる候補者の夫婦を親しげに応対してくれる。
「僕たちは、ナダル様のご実家にお世話になったことがあります。ナダル様がこちらに滞在なさっていると伺って、かねがねお目にかかりたいと思っていました。ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません」
「いや、私も後方のことばかりしていて、あまり表に出てこなかったので、お会いする機会がなかった。気にされることはない」
「ナダル様は教会のどのような手伝いをされているのですか? 後方ということは、上位聖職者の方々のお仕事でしょうか」
「たいしたことはしていない。ただ、大司教様の雑務を少々手伝っているだけだ」
「大司教様! それはすごい。ナダル様が優秀で信頼されているからですね」
ユージーンに絶妙にのせられて、ナダルは謙遜しつつも得意気な顔になっている。
「どうだろうな。私が知り得ることをお耳に入れるくらいだから」
「やはり、情報は大司教様のお役に立てるのでしょうか。他の候補者ほど資金や人脈を持っていないので、何をご提供できるか悩んでいて……」
「そうだな。大司教様は世間の状勢にも興味をお持ちだ。教会の中に閉じこもるのではなく、世間のことも知ることで、より適切に世俗の悩みにも応えられるだろう、とおっしゃっている」
(それは、逆に考えたら、各国の弱いところを把握して、その弱味を利用してコントロールしようとしている、ともいえないかしら)
カフォラはユージーンの隣で大人しく微笑みながら、内心で眉をひそめていた。
「そうですか。それでは、僕たちにもお役に立てることがありそうです。情報をお渡しする以外には、傭兵を用意することくらいしかできそうにないなと思っていました」
「それもお役には立てるぞ。私も傭兵のことについては多少知識があるから、そこのお手伝いもわずかながらしている。“祝福”の選定にも、人手はほしいからな」
そこでカフォラとユージーンはこっそりと視線を交わす。
(やっぱり、ナダルがリオネル達の雇用に関わっていたのね。……でも、“祝福”の選定に傭兵の手が必要ってどういうこと?)
「大司教様のお仕事となれば、責任も重いのでしょうね。奥様も誇らしいことですね。うらやましいわ」
カフォラも、ユージーンの話に合わせて、クリスティーヌに話しかける。
クリスティーヌの方も、まんざらでもない顔でナダルを見上げる。
「ええ、本当に。結婚当初はご実家を気にされて控えめにされていたけれども、この教会に来てからは、自信を持たれて、素適になられたわ。本当に祝福をいただけて良かった」
「祝福のおかげなのですか! それはますます、祝福をいただくのが楽しみになってきました。わたしたちも頑張らなければ」
「ええ。ぜひ頑張ってください。聖女フローラのご加護が得られれば、本当に気分が変わります。私はいただいた祝福は、丁寧に丁寧に保存して、毎日ながめております」
「保存……? 祝福は、何か物をいただけるのですか?」
「クリスティーヌ! まだ選ばれていない者に話してよいことではないだろう!」
「あ! すみません。……ごめんなさい、詳しくは選ばれてからですね」
うっかりしていた、とクリスティーヌに謝られて、カフォラはそれ以上は追及しなかった。
(……とりあえず、ナダルとの会話で、いくつかわかったことと、仮説を立てられたことがあるわね)
大司教レニエが、ナダルを通じてオルテン師団の動向を——ひいては各国の紛争の火種を知ろうとしていた理由。
祝福を授かる場に、傭兵が必要なこと。
祝福を受けると、気持ちが前向きになること。
祝福は何らかの物で受け取るものだということ。
(気になるのは、祝福がどんな物で、どうやって授けられるのか、ね。やっぱり実際に祝福を受けないといけなさそうかしら)
そんなことを考えながら、カフォラはユージーンに視線を送った。
ユージーンも、ひと通り情報を得た感触があるのだろう。カフォラに向けて小さく頷く。
「いろいろとお話を聞かせていただきありがとうございました」
「いやいや、少しでもお役に立てただろうか」
「ええ、おかげさまで。僕たち夫婦がどうするべきか、とても示唆に富んだ内容でした」
「それなら良かった。ところで今さらだが、私の実家と関係があるということは、君たちはオルテン国の出身なのだろうか。どちらの家だ?」
「ああ、申し遅れました。僕はシオン家のユージーンと申します。こちらは妻のカフォラです」
ユージーンがそう名乗ったとたん、それまでにこやかだったナダルの顔が曇った。
「シオンの……? あの家の嫡男はもっと濃い髪色だったと思ったが……」
「はい。僕は二番目です」
「……! シオン家の次男といえば……お前は、こんなところで堂々としていられる身ではないだろう!」
大きな声ではなかったが、ナダルは吐き捨てるようにそう言い放つ。
突然の態度の変化に、カフォラは驚いた。
「どういうことですか? そんな言い方は……!」
「奥さん、いいんだよ」
思わず抗議の言葉が口をついたカフォラの肩を、ユージーンは優しく抑える。その彼の顔はいつも通りの穏やかさで、カフォラからはそれ以上は続けられなかった。
「いくぞ、クリスティーヌ」
ナダルはもう少しも同じ場にいたくないとでもいうように、さっと身を翻す。クリスティーヌの方も夫の態度の急変に途惑っているようだったが、そのまま彼に付き従っていった。
周囲にいた人たちも、会話の内容までは聞こえなかっただろうが、不穏な雰囲気には気付いたようで、少し遠巻きにしている。
残されたカフォラは、気持ちが収まりきらない。
「なんなの、あの言い方は……!?」
人前なので抑えめながらも、不快感を隠しきれなかった。
「いいんだよ。君が気にすることじゃない」
けれども、ユージーンは少しも気にかけた様子がなく、それがよけいにカフォラの気持ちを苛立たせる。
気まずい雰囲気の残るその場から離れても、カフォラの内心は波立ったままだった。
遅まきながら大司教レニエに挨拶を済ませたところで、カフォラとユージーンはいったん広間の外のバルコニーに出ることにした。
焚かれた香の影響を懸念したから、だと思っていたカフォラは、ふいに目の前に差し出された、薄紅色の液体が入ったグラスに目を見開く。
「えっ?」
「少し休憩しよう。大丈夫、アルコールは入っていないから」
グラスを掲げていたのはユージーンだった。
片手で器用に二つのグラスを持って、もう片方の手でカフォラの肩をそっと抱え、人影のないバルコニーに連れ出す。
「……ちょっとっ、のんびり休憩してるわけには……!」
「ここからでも中の様子はある程度わかる。それにまだパーティも中盤だから、今のうちに少しくらい息抜きしておかないと、あとで疲れてしまう」
そう言ってユージーンはいたずらっぽく笑った。そんな表情を見せられたのは初めてで、つい見いってしまい、カフォラは差し出されるままにグラスを受け取ってしまった。
「さっきも言ったけど、アルコール抜きで、果実シロップを割ったものだから、仕事中に飲んでも差し支えないよ。薬も入ってないしね」
そう言いながら、ユージーンは自分のグラスを先に口に運んだ。
それにつられてカフォラも薄紅色の飲み物を口に含む。それは爽やかな酸味と適度な甘味で、緊張に乾いた喉を癒してくれた。そしてそこで、自分が気を張って疲れていたことを自覚する。
「美味しい」
「良かった。今日は朝から長丁場だからね。そろそろ疲れも溜まってきてる。特にこんな堅苦しい場じゃね」
首元のタイに指を掛けて鬱陶しそうに少し緩めるユージーンに、カフォラはまた意外な印象を抱いた。そしてその思いがけなさが、感じたことをそのまま口に出させていた。
「意外だわ。あなたからそんな意見が出るなんて……」
「そう?」
「だって、あなた、あのシオン家の一員なんでしょう? こんなパーティなんて、慣れてるんじゃないの?」
オルテン国内でも指折りに有力なシオン家だ。王家や他の有力家系、他国の来賓などとのパーティなど、日常茶飯事であるに違いない。この華やかな宴会の場でも、急拵えで良家の子女を装っているカフォラに比べたら、ユージーンの態度はよほど自然で馴染んでいた。
「普通の師団員よりはパーティの経験はあるかもしれないけど、僕もそんなに頻繁に出席しているわけじゃないよ。だいたい、堂々と表に顔を出せる立場でもないし」
「……それ、さっきのナダルの失礼な物言いと同じじゃない。そんな言い方は、良くないと思うわ。嫡男じゃないことがそんなに悪いことなの?」
「あれ? 君は知らないの? 僕は確かにシオン家の人間ではあるけれど、当主が使用人に手をつけた結果の私生児だからね。当主の嫡男にも毛嫌いされてるし、滅多にパーティなんかに呼ばれないよ。まあ、僕も堅苦しい場は遠慮したいから、かえって助かるけど」
『師団のみんなはたいてい知ってると思ってた』とあっさりそんなことを明かされて、カフォラはグラスを握ったまま、どんな反応も返せずに困ってしまった。
みんな知っている、と言われても、常日頃ユージーンの話題を避け続けていたせいか、カフォラはそんな事情は知らなかった。カフォラが知っていたのは、単に彼が将来を約束されたシオン家の一員だということだけだった。
「君は怒ってくれたけど、本当のことだから君が気にする必要はないんだよ」
「……でも、そうはいっても、あなたがシオン家の人なのには変わりがないでしょ。だから、将来の第九師団長の地位だって用意されてるわけで……」
「ああ、その件。あれは、まあ、シオンの家にとってみれば、ちょうど都合のいい役職なんだよ。一組織の長ではあるから、シオン家の人間が就いても家の面目は保てる。でも第九師団は、その役割から滅多に表に出ることはない日陰の存在だ。僕みたいな立場の者の行き先としてはうってつけさ」
自嘲するような内容なのに、話しているユージーン自身はごく当たり前のことを語っているようで、カフォラは何ともいえない落ち着かなさを感じる。
だがユージーンはそんなカフォラには気付かないのか、そのまま話を続けた。
「第九師団の師団長になることを見越して、子供の頃から色々と仕込まれたし、師団に入る前からいくつか仕事もしていた。だから、本当にパーティの経験はたいしたことない……」
「どういうこと? 子供の頃からって?」
聞き捨てならないことを聞いた気がして、カフォラは思わずユージーンの話を遮ってしまった。
「そのままだよ。年齢が低すぎてまだ入団できなかったから、シオン家が個別に教師を付けて任務に必要な技能を身に着けたんだ」
——『密偵としての経験はもっと長いよ』
昨夜のユージーンの台詞が甦った。あれは、そういう経歴ゆえの発言だったのだ。
そのこと自体は、理解できた。
そして、ユージーンが年齢のわりに落ち着いているのも、優秀な能力を持っているのも、その経験や教育の成果なのだろう、ということも。
だが、カフォラには根本的なところが納得できなかった。
「そんな……! 入団できないほど幼い子供、しかも自分の子供に、密偵の教育を施すなんて……」
密偵の技能は、普通の教育とは異なる。身の危険を伴うこともあるし、人間の負の側面に触れることも多い。そんなことを、ごく幼いうちから自分の意思とは関係なく身に着けさせられるなんて、理不尽だ、と思った。
「有力な家の私生児の扱いなんてそんなものさ。将来の地位を与えられているだけ、僕はずいぶんマシな方だ。そうでなければ、嫡男にいつの間にか消されていた可能性だってあるしね」
「そんな……」
カフォラだって、家族に恵まれていたわけではない。寂しい想いをしたことも何度もある。だが、幼い頃は孤児院の人々に温かく見守られていた。そのことがとても幸せだったのだと、思い知らされた気がした。
「そんなわけで、僕が自分の身を守るためには、密偵として優秀である必要があった。幼い頃から密偵に相応しい行動を心掛けていた。……だから、他人に対して常に一線を引いてしまうのも、そのせいなんだと思う」
「え……」
「昨日の夜、君が指摘してくれただろ。本当にその通りで、付き合わされる方にしてみたら、失礼に感じて当然だよね。悪いとは思っている」
そう言われて、カフォラは気付いた。
ユージーンがわざわざバルコニーに連れ出したのは、この話をするためだったのか、と。
カフォラがずっと気まずい想いを抱えていたように、ユージーンもわだかまりを残していたのだろうか。そしてそれを解消する機会をずっと探っていたのだろうか。
なぜ、わざわざパーティの最中に、とも考えたが、すぐに思い直した。華やかな非日常のこんな空間の方が、かえって重苦しい話題も出しやすかったのかもしれない。
「……自分でもわかっているんだったら……」
「うん、わかってはいる。でも、じゃあどうしたらいいか、というのはわからないんだ。自分を偽り、他者の心の裡を探るのが当たり前だったからね。それ以外の方法なんて知らない」
そこで言葉を切ってしまったユージーンを、カフォラは見つめ直した。
そこに立っているのは、いつも通りに端正な青年だ。だが、普段は控えめながらも自信の垣間見える表情が、今は途方に暮れた子供のようにも見えた。
そんなユージーンを目にするのは初めてで、カフォラは息をのむ。
そんな悄然とした瞳を向けられては、胸の奥がざわついてしまって落ち着かない。
「そ、そんなの……人に聞いてどうにかなるものでもないでしょっ」
かすかに早まった鼓動を誤魔化そうと、カフォラは以前のようにそっけない口調で返す。
それを聞いて、ユージーンも以前の、どこかカフォラをからかうような微笑を口許に浮かべた。
「それもそうだ。……でも、君と話したら、何かわかるかもしれない、と思ったんだよ」
「わたしと? どうして?」
「だって、君も優等生を装うことにかけては、僕と同じだろう?」
「そっ、それは……っ!」
久々に正面から事実を突きつけられて、つい顔が赤くなってしまう。
「それは、その通りだけど……っ。でも、わたしはやっぱりあなたとは違うわ」
(この人みたいに元々優秀なわけじゃなくて、必死で努力しなきゃ優秀さは維持できないし。それに、優等生でいたい理由もそこまで切羽詰まったものじゃないもの)
そんなことを心の中で述べてみたが、ユージーンには異なる意味で捉えられた。
「うん、そうだね。最初に話した時にも言われたけど、君は僕とは確かに違った。同じなのは、優等生のフリをしていることだけだった」
そこで、ユージーンの微笑みが作り物ではない優しい表情になって、カフォラはいっそう胸の中を波立たさせられる。
「君は優等生のフリをしていても、師団の仲間たちとちゃんと向き合っている。嫌っている僕に対してだって、その感情は偽らずに真っ直ぐ向けてくれていた。そして自分が理不尽だと思ったことについては、嫌いな僕のことでもちゃんと怒ってくれる……そんなことは、僕にはできない。そして思ったんだ。君を見ていれば、僕にも他人との接し方がわかるかもしれない、ってね」
ユージーンはそこで口をつぐんで、カフォラをじっと見つめてきた。いつもは青紫の瞳は、夜の暗さで紫紺のように深い色になっている。
その色が、どこかカフォラにすがりつくようにすら思えて、“そんなのはわたしを買い被り過ぎだ”とは言えなかった。
そして、あの(・・)ユージーンが、彼に対しては調子を乱されっぱなしだった自分なんかにも何らかの期待を持っているのであれば、その希望に沿った行動をしてあげるのもアリかもしれない、とも思う。
つまり。
「そ、そんなこと言うけど、あなただって、わたしに対してはちっとも優等生なんかじゃないじゃないっ! わたしの反応見て楽しんで、性格悪いったらないわよ!」
遠慮せずに、今までどおりツンケンした態度で応えることにした。
ふんっ、と息を吐き出して、斜めの方を向いてみせたカフォラに、ユージーンは一瞬、目を丸くする。そしてその次には、ふわりとこぼれるような満面の笑顔になった。
(な、なによっ! そんな、攻撃力が高過ぎる顔なんか見せちゃってっっ!!)
横目でユージーンの様子を伺っていたカフォラは、今の彼の顔を正面から見ていなくてよかった、と安堵した。まともに見てしまったら、鼓動が早まって頬を赤らめる程度では済まなかっただろうから。
「言われてみれば、君に対しては、僕も少しは取り繕わずに接することができていたかもしれない。君に引きずられたのかな。せっかくだからこれからも遠慮せずに、どんどん引きずられてみようか」
口調はいたずらっぽかったが、ユージーンは表情だけでなく声までもがとても嬉しそうで、カフォラは複雑な気分になる。
「それって、わたしに対しては、もっともっと性格悪くなるっていうこと?」
「別にそんなことはないよ。ただ、君にはもっと僕本来の姿で、正直に向き合おう、というだけだ」
「あなたの本性が曲がってるんだから、同じことじゃないのよっ!」
頬を膨らませてそっぽを向いたカフォラに、ユージーンは軽やかな笑い声を上げた。
(もうっ。もうっっ! いつもの調子に戻ったと思ったら、やっぱり、やっぱり、腹立たしいんだからっ!)
しかし、からかわれている苛立ちと同時に、この一日の気まずさが解消されて以前のような状態に戻れたことにどこかほっとする気持ちもあった。
いや、戻ったというだけではないかもしれない。
ユージーンの事情や考えがわかって、以前よりも二人の間の線が細く薄くなった感じもする。
それが嬉しくもあり、気恥ずかしくもあり。
馴れない感情に、カフォラはまだどう対処してよいかわからない。
「……とにかくっ! そろそろ会場に戻りましょう。まだ仕事中なんだからっ」
「そうだね。また、君の可愛らしい姿をみんなに見せびらかさないと。ああ、でも、他の男たちに目を奪われたりしたらダメだよ、僕の愛しい奥さん?」
再び蕩けるような雰囲気を纏い直して、ユージーンはカフォラの手を取る。そしてパーティ会場に導いていった。




