序章 終わりの始まり
まぶしい程白く、美しかったドレスはじわじわと赤に染まり、ぱたぱたっと赤い粒を滴らした。
体重を支えきれなくなった細い足はがくりと折れ、彼女は力なく仰向けに地面に倒れた。その衣服には泥のしみがつき、光沢のある優雅な銀色の長い髪も赤に浸食されていった。真っ暗な辺りには荒い呼吸音とぶちぶちっと何かを引きちぎる音が響く。
そして最後に、彼が彼女の細くやわらかい手を手に取ると、目を細めて、
「婚約は、解消だ」
そう呟いて、するりと指輪を薬指から引き抜いた。その細密なデザインが施された金の指輪は一目で高価だとわかる。彼はその指輪を布でくるむと、丁寧にコートのポケットにしまった。
すると倒れている彼女がかすかな声でつぶやく。真夜中の森の静けさだからこそ聞こえるような、小さな声で。
「……ど、どう……し……て」
すでに真っ赤な口元からは絶えず血が流れ続け、必死に呼吸をしようとするその息遣いは荒い。
彼は特別動揺した様子もなく、死体を見る様な冷たい目で一言、
「さようなら」
とだけ言うと立ち上がり、振り返る事もなく、小枝を踏む足音を響かせながら去って行った。
その黒い後ろ姿を彼女は、身動きの出来ない身体でただひたすらに目で追い続ける。しかし、見える世界もだんだん揺らめき始め、その円な目からはつうっと一筋の涙が流れた。涙で滲んだ視界と朦朧とする意識の中で彼女は絶望してつぶやく。
(私、死ぬんだ……)