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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
73/79

女神の戯れ・四

 それからというもの、宴がはじまるまでの間は、たびたび中庭を散歩するようになった。

 白菊の花畑は綺麗だし、紅葉は美しい。季節感にはいささか欠けるが、切り揃えられた松の木も、趣があって好ましい。だが蛇神殿はあまり好きではない様子だ。不愛想に目を細めて見上げたあと、すぐに下げてしまった。そのさまが、わらわには妙におかしかった。


「変わらぬものには興味はないか」

「ないな。季節で変わるならいざ知らず、変わらぬ姿でいるものを美しいとは思えぬ」

「そうか」


 傲慢にも取れる言葉だが、それはわらわにもよく理解できた。

 神は不老長寿だ。だんだんいろんなものに飽いてくるのだから、変化に富むものを好ましく思うのは当然ともとれる。

 だから国造りの神以降、神同士での恋愛はほとんどなくなってしまったのは、あまりに変化がないせいであろうと想像がついた。

 人は飽きるのは一瞬だ。神が飽きるのは、長い時間がかかるけれども、なんの変化もなければいずれは飽きる。

 だからふたりで散歩をしていると、ふたりで巫女殿の件を巡って揉めているとき以上に噂になった。神が巫女に手を出すのも、女神が杜氏にちょっかいをかけるのも珍しくはないが、ここしばらくは神同士の話は出たことがなかったし、わらわも耳にしたことはなかった。

 暇なのだから、しょうがないとは思うが。面白いとは思えない。


「海神様は、蛇神様とどういうお関係で?」

「関係もなにも、ただの散歩する仲なんだが」

「まあまあ、まあまあ」


 一件二件だったらともかく、出会い頭出会い頭に聞かれれば、こちらだってうんざりもしてくる。

 どのみち、あの二日もすれば宴も終わるし、それぞれの神域に帰還する。去年や一昨年の話題なんて、全て「この間」にくくられるのだから、大した噂になんてならないだろうと、放っておくことを決めていたが。

 意外だと思ったのは、夜のことだった。


****


 あと二日で宴は終わるし、帰るだろう。宛がわれた部屋で横になっていたら、誰かの気配を感じた。

 襖が開かれ、夜風が部屋に滑り込んでくる。湿度もなく温度もない、ただ秋の匂いを纏った風。


「起きているか?」


 そのひと言に、思わず顔をしかめた。人の寝ているところに忍び寄るとは夜這いではないか。

 女神のところに逢引きに向かう神は少ない。先ほども伝えたように、女神は男神を「どうしようもない」と思っているし、男神は女神を「変化に富まない」と好まないからだ。


「なんだ、夜這いならよそに行け、よそに」


 いつものとおりに悪態をつく。寝ていたものだから、声のとおりはあまりよくない。


「巫女殿の元に行くのを嫌がるのはそなたであろう?」

「なんだ、まるでわらわに言われたから行くのを止めているような言い方は」


 途端に押し黙られてしまった。

 ……なんだ、この男は。仕方がないから起き上がり、向き直る。蛇神は香でも炊いてきたのか、いい匂いを纏っていた。おまけに寝る前だったのだろう。普段は白く塗っている顔を縫ってはいない。ところどころ鱗が光り、綺麗な肌をしていた。神在月の戯れに巫女殿にしているのとはちがうのに、わらわは思わず目を細める。

 仕方がないから廊下に出る。

 既に神在月で働いている人々は就寝していたし、付喪神も隅っこでなりを潜めている。ときおり見回りとして、どこぞの神域の火の神がぴょーんぴょーんと跳ねては辺りをうかがっているくらいだ。

 鈴虫がりぃーんりぃーんと鳴くのを耳にしながら、廊下に腰かけた。押し黙ったこの男は、ひと言も声を出さない。


「わらわに用があったのではなかったのか?」

「……もうすぐ別れだと思ったのでな」

「なんだ、もう顔を見なくて済むと清々したか」

「……その減らず口をもう聞けないと思うと、いささか寂しいと思ったまでだ」


 意外なことを言われて、思わずもう一度蛇神を見た。蛇神はじっとこちらを見てくる。

 思えば。退屈な神在月の宴で、今回は退屈する暇がなかったように思える。この男といるとずいぶん腹が立ったし、巫女殿にあれこれして迷惑かけるのはやめて欲しかったし、案外風流な考えの持ち主だったのは面白かったし。

 傍にいたいかと聞かれたら、答えは否だが。その嫌味な声が聞こえなくなったら、なるほど。たしかに寂しい。


「どうせ次の神在月で会うだろう?」

「心変わりしているやもしれぬが」

「しないだろう、そんなに簡単に。どちらかというと新しもの好きのそなたのほうが変わっているのではないか?」

「そなたは変わらぬと申すか」


 本当にいい加減なものだなと思う。

 国造り以降、神同士でまともな恋愛が成立した試しがない。ゆえに、自分の感情を吐露することもまた難しい。好き、好ましい、慕っている。その言葉ひとつひとつの重さを知っているからこそ、迂闊には口に出せない。だから伝わらない。

 これならば、巫女殿のほうがまだ「いやだ」の拒絶の言葉を吐けるだけ、素直なのかもしれない。

 だからわらわが折れることにした。


「変わらぬよ。そんなに心配なら、わらわの神域にでも遊びに来ればいい。茶くらいは出すぞ」

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