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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
72/79

女神の戯れ・三

「顔は綺麗だが、中身はどうしようもない」


 料理番がつくってくれた茶菓子をつつきながら出る話題は、もっぱらそういうものだった。

 神とは皆そういうものであり、くだらないものだというのは、女神同士が集まる茶会ではたびたびそんな話が出ていた。

 だからといって神隠しして自分好みの男を調達してこようとする女神はほとんどおらず、「神はだいたいくだらない」という話で終始するのが、茶会の常であった。

 茶菓子は好きだし、お茶も好きだが、毎回毎回こんな話をするのも芸がないな。そう思いながら泊まる部屋に移動している際。


「やめてください……!」

「なんだ、そんなにやめてほしいのか」


 声はどう考えても、神在月で接客のために招かれた巫女殿で、その巫女に無体な真似をしているのは男神だろうというのはすぐに想像できた。

 今ちょうどくだらないと言っていたところで、なにをやっているんだか。わらわは呆れ果てて、その場に足を踏み入れた。

 案の定、どうにか必死で袷を開かれまいと抵抗している巫女殿と、それにのしかかっている男神がいた。


「いい加減にせよ。これ以上神の名が恥じるような真似をするでないわ」


 そう言ったら、こちらに男神は振り返った。相変わらず顔は整ってはいるものの、それで今やっていた下衆の行為が帳消しになるわけでもない。

 巫女殿はかわいそうに震えているのに、わらわはどうにか笑顔をつくって語りかけた。


「さっさと行くといい」

「あっ、ありがとうございます……!」


 巫女殿は身なりを整えると、そのまま走ってこの場をあとにした。残されたのは押し倒していた男神とわらわのみとなった。

 男神は心底面白くなさそうな顔で、こちらを睨んできた。


「なんだ、人がせっかくいい気持ちになっていたというのに」

「阿呆。酒に任せての乱痴気騒ぎに巻き込まれる身にもなってみよ」


 わらわのほうを見ながら、男神は「ちっ」と舌打ちをすると「興が醒めたわ、去ね」と言い捨てて、さっさと立ち上がって出て行ってしまった。

 本当にくだらない男だな。そう思って見送っていたが、この時点ではちっともどうこうなるとは思っていなかった。


****


「なんじゃ、またそなたかえ」


 心底嫌そうな顔をして立ち上がるのに、「それはこちらの科白だ」と切り返せば、またも罰の悪い顔をされてしまった。

 神在月の宴は、長い間行われる。よその男神だっているし、よその女神だっているというのに、巫女殿の悲鳴で助けに入ってみたら、いつもその男神と顔を合わせる羽目になってしまった。

 ひと晩ふた晩であったら、酒のはずみで巫女殿に手を出すことはあるし、巫女殿が拒んでない場合はこちらも野暮な真似は控えるが、こう何晩も目撃しては、これはこういう病なのでは、と思わずにはいられなかった。

 でもここまで来て、ここまで嫌がられているのを見たら、こちらも不憫になってはくる。

 わらわは深く溜息をついた。こんなしょうもないことをしなくとも、黙っていたら、顔だけはいいのだ。それにころりと騙されて一夜の遊びで済ませてくれる巫女殿だって現れるだろうに。


「酒くらいならば付き合うぞ」

「なんじゃ、どういう風の吹き回しかえ?」


 心底胡散臭そうに眉尻を上げられると、こちらだって同じ顔をしたくもなる。だが巫女殿がひと月もまんじりともできないのは可哀そうだ。わらわは頷いた。


「そんな気分なだけだ」


 時間外だが、蔵に行ってみれば杜氏殿が数人ほど残って酒の用意をしているのが見えた。酒を飲みたいと言ってみれば、少しだけ嫌そうな顔をされたものの、酒のたっぷりと入った銚子とお猪口、酒の肴として狂の宴の食事の残りをもらってくると、膳を持っていく。

 夜も霞が立ち込めているが、それでも庭の紅葉の紅さは美しく、それを見ながら酒を傾けるのも乙なものであろう。

 男神は「ふん」と言いながら、手酌で酒を飲みはじめた。


「何故こちらにちょっかいをかけてくるのか、わからぬ」


 そうぼそりと言う。

 なにを言っているのか、この男はとわらわは思う。単純に、目に触るから、同意もなく巫女殿にちょっかいをかけるのをやめさせているだけだ。


「巫女殿に相手にされていないのが憐れでならぬからな」


 そう言いながら、こちらも酒を飲む。ひどく澄んだ味のする酒を口の中で転がしていたら、男神は「ふん」と鼻息を立てる。


「巫女は拒んではいなかったわ。そなたが来た途端に悲鳴を上げるだけで」

「助けを求められないから、声を上げられなかっただけだろうが、可哀想に」

「それはそなたの色眼鏡だろう」


 何故こんなに嫌味を言い合いながら酒を飲まねばならないのか。

 酒は美味いし、肴も美味い。が、共に酒を飲む相手が最悪なのだから、台無しだ。

 今後この男と酒を飲む羽目にならなかったらいいが。酒が空になったらお開きになり、そのまま付喪神に片付けを任せて部屋に帰ったが、あの男のことを考えれば、むかつきは止まらなかった。

 女好きが女に声をかけるのは病であり、それは大昔の神も同じことを繰り返しているし、現世の偉人にもそのような者は多いと聞いている。

 病をどうこうしようなどと考えるなんておこがましいとは思うが、その晩何度寝返りを打ってもまんじりとすることもできずに夜が明けてしまった。


****


「海神様、最近蛇神様とは懇意ですの?」


 そう朝餉をいただく際に聞かれて、はて、と思う。聞いたことがない名前で、わらわは出されたものを丁寧にいただきながら髪を揺らした。


「誰だ?」

「夜な夜な巫女に手を出している男神が、今回は巫女に手を出していないと聞きまして」

「……ああ」


 他の男神も同じことをしている者は多いだろうに、たまたま居合わせて止めに入った男神はひとりだけだった。頭が痛い。


「懇意になんかしてはおらぬよ。ただ、くだらないことをするなと言っただけで」

「あらあら。それで止まるのは珍しいですね」


 女神はどうにも集まれば、惚れた晴れたの話が回ってしまう。それは現世の人の子とも変わらないとは思うが、誤解を誤解のまま放っておいてくれないのだからたちが悪い。

 彼女はくくくと笑う。


「このまま神在月は平和が続くといいですわね」

「……巫女殿が枕を高くして眠れることを祈っているよ」

「まあまあ、そうではなくて」


 ころころと笑われてもな……そうぼんやりと思いつつも、わらわは朝餉を食べ終える。

 また昼になったら茶会があるだろうし、それまでは散歩でもしていようかと、庭に出てみる。紅い紅葉の麗しさを眺めながら、その下を歩いていたら。即物的なもの以外興味がないと思っていた男神……ようやっと蛇神の通り名がついていると知ったばかりの男……が紅葉を見上げているのが見えた。

 衣擦れの音で気が付いたのか、こちらに振り返ったあとに心底嫌そうに目を細められた。


「またそなたかえ」

「悪いか」

「美しいものを愛でいたところでそなたの顔を見なければならないなど、興が醒める」

「ふん……もっと即物的なものかと思っていたが、そうでもないのか」


 酒、女。

 不老長寿の神であればあるほど、即物的な方向へ転がることは珍しくはない。それに蛇神はまたも嫌そうに「ちっ」と舌打ちをした。


「季節の移ろいなど、その場でしか見られぬものよ。紅葉が紅くなったとて、去年と今年が同じ紅とは限らぬ」


 そこでわらわは、この男を見余っていたことを知った。長いこと生きていれば、昨日も去年も、全て「この間」にくくられてしまうが、そうしない考えは珍しい。

 そしてどうして巫女殿にちょっかいをかけれども、女神に一度もちょっかいをかけていないのかを知る。

 ……女神は変化に富まぬが、巫女の若さは我らにとっては一瞬だ。それを愛でようとして拒絶されたという訳か。

 本当に……しょうもない男だな。

 わらわは思わず深く溜息をついた。

書籍発売まであと一週間になります。

書籍情報は活動報告のほうに掲載しておりますので、興味のあるかたはそちらのほうを参照にしてくだされば幸いです。

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